第三章

42話 ルベルニア帰還

「ひっさしぶりだな……正装なんて」


 船室で、僕は久々にパリッとしたシャツと上着を身につけていた。

 そういえば、あんまり船酔いをしないな。

 筏やカヌーで慣れたのだろうか。

 そんな風に考えながら、鏡の中の自分をじっと見つめていた時だった。


「じっとしてくんなまし!」

「やだってーーーー!」


 馬鹿でかい声が船の廊下に響いた。僕がドアを開けると、そこには涙目でドレスを半分脱ぎかけたカラが立っていた。


「アレンー!」

「どうしたの?」

「この人達が無理矢理着替えろって……」

「ああ……」


 カラの民族衣装はルベルニアでは少々露出が高いかもね。


「カラ、これはルベルニアの服だ。カラの服は目立つから着替えてくれ」

「……わかった」


 僕が説明すると、カラは渋々とそれに従った。

 そうか、カラはルベルニアの言葉が分からないんだった。


「どう……?」

「よく似合ってるよ。カラ、これを渡しておく。これがあれば言葉が分かるはずだ」


 着替えたカラに、僕はペンダントとイヤリングの複製を渡した。

 これで不安感は大分軽減するだろう。


「ありがとう、アレン」

「どういたしまして。さ、この後は食事だよ。さあ」


 僕はカラに腕を突き出した。カラは不思議そうな顔をして僕を見る。


「僕の手をとって」

「うん」

「正式な場ではね。女性には男性が付き添って行動するものなんだ」

「……ふーん? そっか」


 カラがぎゅっと僕の腕にしがみつく。そんなカラを連れて、僕達は広間に向かった。


「待ってましたよ、アレン」


 レオノーラがそう声をかけてきたので、僕達は頭を下げた。


「それにしても島民をつれてくるとは思いませんでしたわ。……カラ、といいましたっけ」

「彼女には島で色々なことを教えて貰いました。今度は僕が色々見せてやりたいと思ったんです」

「物見遊山ではないのですけれど……まあいいわ、座って」


 僕達が席に着くと、豪華な食事が次々と運ばれてきた。


「ルベルニア料理は久し振りです」


 一口食べると、懐かしさで一杯になる。

 ふと隣を見ると、皿を前にカラが固まっていた。


「どうしたの?」

「棒がいっぱいでどれを使ったらいいかわからない」

「ああ……おいおい教えるから今日はフォークを使いなよ」


 カラ達は食事は基本手づかみだ。液状のものなんかはスプーンを使うこともあるけれども。


「わ、わかった」


 カラはギクシャクしながらやっと食事をはじめた。


「ねぇ、アレン。そこのお嬢さんを連れて行くのは大変そうだね」


 ロイが心配そうに聞いてくる。


「ああ、でもカラには知っておいて欲しかったんだ。僕はルベルニアに帰って二度と島に戻らない訳ではないってこと」

「……ふうん。まぁぼくにはわからない絆があるんだね」

「そういうこと」


 裁判が終わったら、僕はまたきっと島に戻る。

 いつかカラにルベルニアを見せてみたいって気持ちも本当だけどね。


 それから二週間かけて、カラにルベルニアの風習などを教えながら船の中で過ごした。 

 水スキルを持つレオノーラの船は信じられないスピードでルベルニアについた。


「それでは裁判まで、私の知人の屋敷で過ごして頂戴」

「うん」


 僕達は船を降りると、王都のレオノーラの知人の家に厄介になることになった。


「さぁさぁ疲れたでしょう」


 知人の方は僕達を温かく迎え入れてくれ、翌日からの裁判に向けて僕達はそこで英気を養った。


「ねぇ、アレン」

「なんだい?」


 夕食後、僕が本を読んでいるとカラがそっと僕のそばに座りこんだ。


「サイバンってのは叔父様と争うのよね」

「そうだよ」

「……悲しいね」


 カラは我がことのようにため息をついた。


「ああ、僕だって本当は叔父様と争いたくはない。だけど、領地のことだ。そこに僕の領民がいるかぎり、はっきりさせないといけない」

「リョウシュ様って大変なんだね」

「うん。大きな責任がある大変な仕事だ。でも僕は領主が嫌だなんて思ったことないよ。立派な父様の跡を継ぐのは僕の昔からの夢だったんだ」

「ふうん」

「だからこの裁判、僕は負けるわけにはいかない」


 レオノーラが味方についてくれているとはいえ油断は禁物だ。

 

「アレン、頑張ってね」

「うん!」


 カラが手を差し出した。その手をぐっと握り返して僕は微笑みかえした。

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