41話 形勢逆転
「いやあ、実に楽しかった!」
出立の日。ロイが港で僕の手を握る。
「すばらしい島だった。とはいえたった三人でこんなところまで連れて来られて大変だったろう」
「ああ……だけど、ここを発展させていつかセロン領を取り戻すって目標があったから頑張ってこれたよ」
「そうか……その願いきっと叶うと思うよ」
「うん、頑張るよ」
そうしてロイ達は何度も振り返りながら船に乗り込み、セントベル島を後にした。
「さびしくなっちゃうね」
「うん……」
思えば友人を家に招くなんてこともはじめてだった。
気のいい彼らをもし父様が見たらなんて言ったかな……。
僕はそんなことをしんみりと考えながら、遠く水平線の向こうに消えて行くミラージュ号とエスポワール号を眺めていた。
「セロン領……どうなってるのかな」
サミュエル叔父様が無茶なことをしてなければいいのだけど、と不安が頭をもたげる。
残ったお義母様も無体をされていないかが気になる。
「いつか帰れるといいな」
そう呟いて僕は海岸に背を向けた。
そうしないと泣きだしてしまいそうだったから。
「アレン……大丈夫」
「うん。僕はひとりぼっちじゃないもの」
そうここにも僕が守るべき領民がいる。それから頼もしい家臣たちも。
「カラ、カラの村までの道を舗装しなきゃだよね。手伝ってくれる?」
「うん」
めそめそ考える前に行動だ。僕らは鉈を手にして山の中に入っていった。
やることはこの島にはいくらだってあるのだ。
それからはまた石鹸作りの為にココナツを取りに行ったり、道の舗装や水路の工事などそれぞれに島の発展に向けて働き続けた。
そんなある日である。
「おーい、アレン様!!」
いつになく慌てた様子でセドリックが海岸の方からやってきた。
「セドリック! どうした?」
「それが……船がやってきたんです」
「ミラージュ号か? それにしては来るのが早いな」
向こうで石鹸が人気だとは言っていたけど、複製じゃないオリジナルの高級石鹸を作るには時間がかかる。
次に来るのは三ヶ月後くらいって確か打ち合わせをしたはずなのに。
「それが、ミラージュ号ではないのです」
「え……」
「来たのはエスポワール号です」
「なんだって?」
ついこの間きたばかりじゃないか。
僕はセドリックを連れて海岸に急いだ。
「ロイ!?」
「やあ」
そこには何食わぬ顔のロイがいる。
「どうしたんだ? ここに永住でもする気かい?」
「それも悪くないな」
「冗談! 一体なんだい」
ロイはどういうつもりでまたセントベル島にやってきたんだろう。
「君を迎えに来たんだ」
「僕を? なぜ?」
「君をセロン領の領主として」
「え? え?」
意味が分からない。
「セロン領なら今は叔父様のものになってるはずだ」
「そうだね、色々説明しないといけない。その前に紹介するべき人がいる」
ロイはそう言って、船の下に戻って行った。
そうして連れてきたのはレオノーラだった。
「レオノーラ、君まできたの」
「ふふふ、そうよ」
レオノーラはいたずらっ子のような微笑みを浮かべて、僕の前に立っている。
「アレン、驚かないで聞いて欲しい。彼女はただの婚約者じゃあないんだ」
「えっ、そうなの?」
えっと……それって今言うべきことなんだろうか。
「彼女はね、王女様なんだ」
「んんっ!?」
「アレン、私はルベルニア王国第一王位継承者、レオノーラ王女よ」
「ええっ!?」
これには僕も度肝を抜かれた。レオノーラとロイの顔を何度も交互に見て、馬鹿みたいに口を開けていた。
「えっと? えっ……と、どうして王女様がこんなところに」
「私の婚約者が海の向こうの孤島に行くとか言い出したからよ」
「はぁ」
「転覆したりしたら大変じゃなくて?」
「そうですけど……それなら余計に王女様がついていくべきじゃないんじゃあ」
「ふふ、それはあり得ないわ」
レオノーラはぐっと胸を張った。
「私は水のスキル持ちですもの。私が溺れ死ぬなんてことはあり得ないわ」
「あ……あるほど」
それでロイに付いてきたのか。なるほど、これで彼女の尊大な態度と周りの面子の様子の意味が分かった。王女様相手……しかも未来の女王様相手なら当り前のことだったんだ。
「ロイからあなたの身の上の話を聞いたの。お父様の死後、叔父に領地を奪われて、こんな孤島に追いやられたって」
「はい……その通りです」
「それでもあなたは腐らずに、孤島の発展に努めた。ここがどれだけ素晴らしいかは私が身をもって体験したわ。ですからね、少し私は手助けをすることにしたの」
「それって……」
僕は息を飲んだ。まさか……まさか……。
「ええ。アレンは領主としての能力がきちんとあることを報告したわ。あなたの叔父は不当に領主の座を奪ったとして裁きにかけられることになったわ」
「ああ……」
セロン領が僕の手の中に帰ってくる……。
僕は心臓はばくばくと音を立てるのを感じていた。
「そういう訳で、裁判への出席と領地の手続きの為にルベルニアに戻って欲しいの」
「はっ、はい喜んで」
僕が頷くと、レオノーラは嬉しそうに笑った。
「ふふふ、良かった」
するとロイがこそっと僕に耳打ちをした。
「レオノーラはこの件を解決したら、直轄地を貰えるらしいんだ」
「そうなのか」
とにかく、王女様が僕の味方になったわけだ……。
こんなに心強いことがあるだろうか。
「着替えもこちらで用意しているから身ひとつで来て大丈夫よ」
「ああ、じゃあ皆に知らせてくる!」
僕は港からかけだして、灯台に向かった。
「セドリック! ラリサ!」
二人に先程のいきさつを説明する。
するとラリサはボロボロと泣きだした。
「ううっ……お館様……良かったですね」
「ラリサ、泣かないでよ」
「アレン様、無理もないです」
セドリックも唇を噛みしめている。……この二人は苦労したものな。
「そんな訳で急だけど、ルベルニア本土に行ってくる」
「わかりました。こちらのことはどうか私達に任せてください」
「うん」
さあ、あとは船に乗るだけだ。そんな僕の前に立ちふさがったのは……カラだった。
「カラ、どうしたの?」
「アレン……行っちゃうの?」
「用事がすんだらまた戻ってくるよ」
「でも……」
カラの目に不安の色が広がっている。
「アレンはあっちで育ったからあっちの方がいいんじゃないの?」
「それは……」
「あたし、アレンと離れるの、嫌だ!!」
カラのその叫びを聞いて、僕は気が付いた。
ずっと人のこない孤島で育ったカラにとってはこれが初めての別れなのだ。
その見知らぬ感情にどうしていいか分からないカラは目の前から僕が居なくなるのが耐えられないらしい。
「じゃあ……カラも一緒に来る?」
「えっ!?」
「ルベルニアにカラも行こう。君の見た事のないものが沢山あるよ。何処までも続く平野とか……雪とか……」
「そ、それは……」
戸惑うカラ。そんな彼女の肩をぐっと抱きしめたのはヴィオだった。
「行ってこいカラ。父さんには俺から話しておく。海の向こうをみるなんて機会、そうそうない」
「ヴィオ兄さん……わかった。あたしアレンと一緒に行く」
こうして僕とカラはエスポワール号に乗って、ルベルニア本土を目指す事になった。
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