39話 セントベルの自然
「アレン!」
「ああよく似合ってますよ」
僕は着替えて出てきたレオノーラを見て賛辞を送った。
彼女はキナハ織りの寛いだワンピース姿だ。
「なんだか寝間着みたいでそわそわするわ」
「誰も気にしませんよ、ここは別世界なのですから」
すっと窮屈そうなドレスを着ているレオノーラを見て、カラ達が作ったものなのだ。
通気性も良くて柔らかい上等のキナハ織りを赤く染めたもので、ルベルニアのドレスよりもずうっと心地いいはずだ。
「確かに……あのドレスではここを楽しめそうにないわ」
「でしょう。さ、行きましょう」
「ええ」
みんなで向かったのは海岸だ。どこまでも続くような遠浅の海は海水浴にぴったり。
「わーっ!」
男の子たちは一斉に海に飛び込んだ。
「魚がいる!」
「もし捕まえられたら昼食に出すよ」
僕は興奮気味の三人に銛を貸し出した。
気ままに泳いだり、魚を追いかけている三人。
一方、レオノーラは少し波打ち際で足を濡らした以外は海岸沿いに用意した椅子で寛いでいる。
「飲み物持ってきましょうか」
「あら、お願い」
僕はそんな彼女の為に甲斐甲斐しく飲み物を取りに行く。
「お館様、パラソルを持って行った方がいいんじゃないでしょうか」
「パラソル?」
「貴族の女性は日焼けを嫌いますから」
「なるほど。カラ! 手伝ってくれる?」
「いいよ!」
そんな訳で二人でレオノーラの元にパラソルと飲み物を届けた。
「気を遣わせたわね。ありがとう」
「いえいえ……」
なんだろうな、レオノーラはなんだか思わず跪きたくなるような雰囲気がある。
婚約者のロイだけでなく、エルガーもジャスパーも彼女にまとわりついている理由もなんとなく分かってきた。
まあ、これだけの美少女ならば生まれたときからちやほやされていただろうし、こういう振る舞いになるのも分かる気がする。
「アレン! アレン!」
「ロイ、どうした」
「ジャスパーが魚を捕まえた!!」
「おおっ、ジャスパー! 漁師の才能があるんじゃないか?」
はしっこいジャスパーが魚を捕まえたようだ。
僕はそれを引き取って、マリーに預けた。
「そろそろ海から上がって食事にしよう!」
「ああ、お腹がぺこぺこだ」
「すごいはしゃぎようだったものね、ロイ」
「レオノーラも海に入ればいいのに……」
「いやよ」
ぺちゃくちゃとお喋りをしながら、セントベル風の館で昼食をとる。
「俺の穫った魚だ」
でん、と中央に姿揚げにした魚を見たジャスパーが嬉しそうな声を上げた。
それを見てカラがニコニコしながら僕に耳打ちをした。
「彼女はなんだって?」
「潮だまりでもないのにこんな大きな魚を捕まえられるなんてついてるってさ」
「へぇ……ところでアレン、どうして異国の言葉が分かるんだ?」
ジャスパーが疑問に思うのも当然だ。半年前には僕は自領を出た事さえなかったんだから。
「これのおかげなんだ」
「ペンダント?」
「これも遺跡のもので、彼女達の言葉を翻訳してくれるんだ」
「へぇ……」
興味深そうにじっとそれを見て、ジャスパーは押し黙った。
「どうした、ジャスパー」
「……すまん」
「え?」
「古道具屋にしか向かないスキルだなんて言って、申し訳なかった」
「ああ……もう気にしてないから大丈夫」
ジャスパーからの謝罪を受けて、僕は首を振った。
本当に気にしてないから。
「それよりも、午後はどうする? カヌーで島の向こう側に行ってみない?」
「……うん!」
僕がそう話しかけると、ジャスパーはすっきりした顔で頷いた。
そんな訳で午後はカヌーと筏に乗り込んで、島の西の方を見て回ることにした。
「では出発、レッツゴーぷかぷか丸!」
「……それはなんだい」
「筏の名前だよ、ロイ」
僕がつけた名前だとロイに伝えると、彼は困った顔をして黙ってしまった。
「もっといい名前をつければよかったのに」
「ええ? いい名前だと思ったんだけどな……」
僕の命名はロイにはお気に召さなかったらしい。
その間にもセドリックの風のスキルで筏とカヌーはぐんぐんと進む。
「あ、何か白いものが見えたわ」
「アレは野生の山羊だよ」
島の中央の平野に来た。
いつものように山羊たちは草を食べている。
「なんて綺麗なんだ……」
「すごいなエルガー」
この日は良く晴れていたのもあって、洞窟の滝には虹が差し掛かっていた。
僕達はその神秘的な美しさに息を飲んだ。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
「ああ……いいものを見た。な! エルガー、ジャスパー」
「アレン、ありがとう」
「……ありがとう」
「楽しかったわ」
こうして四人はセントベル島の自然を堪能した。
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