37話 はじめてのお客様

 その船がセントベル島にやってきたのは、それから一月後だった。

 先導するミラージュ号についてやってきたのはルメジョン領の商船、エスポワール号だ。


「いらっしゃい! ようこそセントベル島へ!!」


 僕らはそんな彼らを満面の笑みで出迎えた。


「アレン!」

「良く来たね。大変だったろう、ロイ」


 そう、とうとうロイがこの島にやってきた。


「驚いたよ、随分きちんとした港があったから」

「工事をして作ったんだ」

「ええ? でもここにきてまだ半年程度だろう? 港の工事なんて何年もかかるんじゃ……」

「ふふ、その辺の秘密はおいおい話すよ」

「ああ、そうだな」


 ロイはとりあえず頷くと、くるりと後ろの船の方を向いた。


「友人達も一緒に来たんだ」

「本当かい?」

「ああ、これから南方開発はルベルニアにとっても大事な事業になると踏んでいる。僕達の代には主要になるだろうと」

「ふむふむ」

「紹介するよ」


 ロイはそこで船から降りてきた面々を僕に紹介した。


「僕の幼馴染みのアルシェット公爵家の三男エルガー、そして……君も面識があるね。オルブライト伯のジャスパー」

「……久し振り」

「ああ」


 おやおや……そういやそんなやつもいたなぁ。

 ジャスパーがどういった経緯でこの一行に参加したのかわからないけれど、僕を見て気まずそうにしている。


「それから、僕の許嫁。レオノーラだ」

「ごきげんよう、アレン様。レオノーラと申します」

「へぇ! 許嫁。どうも、アレン・キャベンディッシュです」


 ロイが連れてきたのは蕩ける蜂蜜色の髪に象牙の肌の美少女だった。くるくるとカールした髪は豊か、けぶる睫に縁取られた薄緑の瞳は宝石のようだ。


「……やるじゃないかロイ」

「ふふん、僕は幸福な男だと思って居るよ」


 どちらかというと平凡で地味に見えるロイと並ぶと、レオノーラの美少女ぶりがさらに際立つ。


「手紙を貰ってから、すぐに部屋を用意したんだ。こちらにどうぞ」


 僕達はそうして遺跡ホテルに向かった。


「こ、これが……ホテル……?」

「まあ」


 ロイとレオノーラが感嘆の声を漏らす。


「まるで神殿のようだね、ジャスパー」

「ああ、これを建てたのか? アレン」


 エルガーとジャスパーは口をあんぐり開けて僕に聞いて来た。


「これは元々ここにあった遺跡を僕の『修復』スキルで修復したんだ」

「へええ、すごいね。変わったスキルだけどたいしたもんだ。ね、ジャスパー」

「あ……ああ」


 ふふん、どうだい。古道具屋以外にも使い道があっただろう。

 僕が得意気にジャスパーを見ると、彼はギクシャクと目を逸らした。


「さぁ、みなさんの部屋はここだよ」

「まあ、中はルベルニア風なのね」

「その方が落ち着くでしょう?」

「ほほほ、そうね」


 彼らを案内したのは当然スイートルームだ。元々シンプルな遺跡の部屋に、マットやカーテンなどルベルニアの備品を持ち込んでそれっぽくしている。


「なにかあれば彼女達に」

「「ホテル・セントベルへようこそいらっしゃいました」」


 エリーとケリーが同時に話す。

 人間そっくりな彼女たちだけれど、やはりどこか不自然さはある。


「アレン、これは……」

「ああ、からくり人形さ。ロイ。これも遺跡で発掘したものだ。本物のメイド以上によく働くよ」

「はああ……」

「じゃあ、少し休んで。船の長旅は疲れたでしょう」


 僕は船酔いで死にそうになった行きの船を思い出した。


「そうだね。ではまたあとで」

「ああ」


 こうしてホテルにロイ達を残して、僕は灯台の拠点へと戻った。


「なんて言ってた? アレン!」


 向こうからカラが駆けてきて僕の周りをうろうろしながら聞いてくる。


「驚いてた。きっと無人島生活でもするつもりで彼らは来たんだろうな」


 ポカンとした彼らの顔を思い浮かべると、ニヤニヤが止まらない。


「喜んでくれてた?」

「うん、もちろん」

「そっか。あたしたちもおもてなしするからね!」

「うん、頼むよ」


 セントベル島の初めてのお客さんだ。素敵なバカンスが送れるリゾートだということを証明する為にも大事な局面だぞ。


「アレン、グェン船長が交易品の売り上げについて報告したいって」

「ああそうか。わかったすぐ行く」


 僕はロイ達の到着ですっかり忘れていたミラージュ号の方に向かった。


「調子はどうです、船長さん」

「ああ……落ち着いて聞いてくれ……石鹸は完売だ!」


 グェンの報告に寄ると、民芸品やシャツの売れ行きはそこそこで終わったけれど石鹸が大人気になっているという。特に複製をしていないオリジナルの方の石鹸は貴族階級で流行になっているという。


「ロイ殿のお母上は社交界でも有名な美女で、彼女が使ってる石鹸ってことで話が広まってな」

「ありがたい……!」

「ついては追加の石鹸をなるべく多く欲しい」

「うん。分かった」


 ああ、ロイ。買い取った石鹸を広める手伝いまでしてしてくれたんだ。

 これは気合いをいれておもてなしをしなくてはな。

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