35話 ミラージュ号の帰港

「マスター……が……が……」

「ああ、また壊れたか」


 ギシギシと音を立ててガウルの複製は動かなくなった。

 多分、海や温泉に浸かっての作業は想定外の作りなのだろう。

 ガウルの複製、便宜的にガウルjrとしておこう。彼らはしょっちゅう壊れた。


「『修復』!」

「アレン、本当にそのスキル便利だね」

「ああ、こんなに仕えるスキルだとは思わなかったよ」


 どんなに壊れても僕が『修復』スキルを使えばいい。

 温泉の工事も増えた事からさらに複製をして機体を増やした。


「みんなー! ご飯だってー!」


 最初はルベルニアから来た僕らとカラとヴィオの兄妹で作業をしていたのだけれど、村長にあの手帳を渡してしばらくしたあたりから集落の人々が助けてくれるようになった。

 それから食事とかは集落の人達と一緒にとるようになっている。


「ウサギの香草焼き、山菜の煮物、それから雑穀の粥です」


 マリーが村人と一緒になって昼食を配膳してくれる。


「マリー、集落の料理を覚えたんだ」

「ええ」

「ルベルニア人にも食べやすくアレンジしてホテルに出してもいいな」

「では、エリーとケリーにも共有します」

「ああ、頼むよ」




 そうやって忙しく毎日を過ごしていたからすっかり忘れてたんだ。


「アレン様! ミラージュ号が帰ってきました!」

「……へ?」

「なに、ぼーっとしてるんですか。石鹸を売りに本土に向かわせたのはアレン様でしょ」

「あ、ああ!」


 そんな風にセドリックにせき立てられながら完成したばかりの港に向かうと、日に焼けた海の男が僕を待っていた。


「アレン殿!」

「グェン……船長、どうでした」

「普通に売ろうとした時はてんで駄目でしたけど……アレン殿の言う通り、ルメジョン領を訪ねたら買い取って貰えました」

「そうか、手紙は?」

「ええ、渡しましたよ」


 グェンは俺に手紙を手渡した。


「はい、これは返事だそうだ」

「ありがとう」


 グェンが運んできてくれたのは、ロイの手紙だった。

 たった一度のパーティで話したきりのロイ。それだけの繋がりだったけれど、彼は応対してくれたようだった。

 もし本土での商売が上手く行かなかった時は彼を訪ねるようにと、グェンに手紙を託したのだ。


「どれどれ……」


 僕からの手紙には孤島に送られたこと、なんとか生活できるようになったので交易品を作ったが買い取り手がつかないことなどを書き綴っていた。

 その返事は、僕の境遇に対する驚きと同情、石鹸は買い取る旨が書いてあった。


「そのうちにそちらの島にいきたいと思います。……まじか」


 ロイが来るならホテルの稼働も早めなくてはいけない。

 これはますます忙しくなりそうだ。


「そうだ、グェン船長。船員さん達はうちのホテルに泊まってください」

「……ホテル?」

「ほら、あれです」


 海岸からちらりと見えるホテルを指差すと、グェンはぎょっとした顔をした。


「なんだあれは! こないだ来た時は無かっただろう」

「へへ……元々あそこにあったものを『修復』したんです」

「修復?」

「ええ。僕のスキルです。なんでも直すことが出来るんですよ」

「それは大した物だ」


 僕の案内で、ミラージュ号の船員達は白い遺跡のホテル、ホテル・セントベルの客室へと移った。


「うわぁ……ふっかふかのベッドだぁ」

「部屋で真水で体を流せるだって? ここは天国か……?」


 部屋の設備は大好評だ。


「一休みしたら下の広間で一緒に食事をしましょう」

「ああ!」


 僕は船員の獣人のおっさん達に感謝のハグでもみくちゃにされた。


「すまんな、荒っぽい奴らばかりで」

「いえいえ……喜んでいただけてなによりです。さ、船長はこっちへ」


 僕達は階を上がって、三階に移動した。

 ここはこのホテルのスイートルームになっている。


「さあ、グェンさんが初めてのお客さんです」

「い、いいのか……?」


 広々とした内装に、グェンが息を飲んだのが分かった。


「ええ。この島のために荒波を乗り越えてくれたんですから」

「助けられたのは俺の方だけどな。十年ぶりに大手を振ってルベルニアに帰ることができた」


 グェンは胸元のロケットペンダントを開いた。


「妻と子供だ。十年ぶりに会えた」

「……良かったですね」

「ああ。あいつらには苦労をかけた分、楽をさせてやりたい。アレン殿、遠慮せずに俺をこき使ってくれよな!」

「ふふっ、わかりました!」


 ちょっとずつ、ほんの少しだけど、セントベル島。が領地として動き出しているのを僕はようやく実感できた気がする。


「それでは、グェン船長。引き続き石鹸の取引を任せる。そしてこのホテルの備品をルベルニア風にするのに買い付けを頼む」

「かしこまりました」

「という訳でここに止まるのは視察なので、ゆっくりしてってね」


 僕はグェンがそれ以上遠慮したりする隙を与えずに、すぐに拠点の灯台に戻った。


「さて、ロイに返信を書かなきゃ」


 僕は彼を歓迎するためにホテルを用意している、と返信を書いた。

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