23話 回想④

 行きと違って静まり返りながら、馬車は全速力で来た道を帰していた。


「……」


 サミュエル叔父様も今朝出立を告げたきり、神妙な顔をして一言も口をきいていない。

 僕は僕で、口を開けば無意味な祈りの言葉しか出て来ない。


「通信魔法ってそんな信用できるものなのかな……? 何か間違いとか」

「主に軍事目的で使われる魔法です。考えにくいですね」

「ごめん……馬鹿なことを言って」


 駄目だ、これではセドリックを困らせてしまうばかりだ。僕はぎゅっと唇を引き結ぶ。

 こうして重苦しい空気を纏わせながら、僕達はセロン領を目指した。


「アレン……!」

「お義母様」


 領地の城に着くと、お義母様が僕に駆け寄ってくる。


「ああ……なんてこと……」


 僕を抱きしめるその手は震えていて、見あげたその表情はほんの数日会わなかっただけなのに随分とやつれている。


「父様は?」

「寝室に」


 僕は弾かれるように父様の寝室を目指した。


「父様!」


 父様はベッドの上に横たわっていた。窓の外は曇り。窓ガラス越しの弱い光だけが父様を照らしていた。


「アレンです。帰りました」


 僕はその枕元にひざまづき、その手を取った。


「父様……どうして……」


 手に取った父のかさついた無骨な手の冷たさに、僕は涙を溢れさせた。

 もうお帰りといってくれることも、その目を開けて僕を見ることもない。


「ああ……あああっ……」


 僕は肩を震わせて日が暮れるまで泣き続けた。


 それからのことはあまり覚えていない。

 厳格で、とても立派な葬儀が行われたが棺に眠る父様はなんだか他人のようで、僕は泣きはらした顔でそれをぼんやりと見ていた。


「……『オルブライト・キャベンディッシュここに眠る』か」


 冷たい石に彫られたその文字を何度も指でなぞる。葬儀の後、僕は毎日父様のお墓まで行って、セドリックが心配して迎えにくるまでずっとそこにいた。

 それでも、僕の心はぽっかりと穴の空いたようだった。


「アレン様、書斎を整理していたらこれが出てきました」


 それは父様が僕に当てた手紙だった。王都からの僕の手紙と、叔父様からの報告を受けての手紙。結局出す事の無かったその手紙を僕は開いた。


『アレン、決して自棄になってはいけない。『修復』ということは、なんでも直せるということだろうか。だったら去年建てた水車小屋も、井戸も、橋も、ずっと領民に使って貰えるということだろう。私の作ったものが子の代孫の代まで、アレン、お前を通して引き継がれるということだ。なんて楽しみなことだろう』


 そこには父様の温かい言葉が並んでいた。

 僕は泣いて泣いて、もう涙なんて出ないと思っていたのに頬を温かいものが伝うのを感じた。


「父様……僕はこのセロン領を立派に継いで見せます」


 僕はそう墓の前で誓った。


 そんな僕を揺すぶったのは叔父の提案……というか命令だった。

 孤島・セントベル領に行け。

 そんな無茶を言われても、僕はキャベンディッシュ家を捨てることは出来ない。


 僕はどんなに遠回りでも、このセロン領に帰ってくる。

 父の愛したこの地に。


***


 ざざん、ざざんと寄り返す波が日を弾いてキラキラしている。


「そっか。亡くなったお父さんとの約束なんだね」


 そうカラは呟いた。


「うん……」


 ここでなんとかして生きて行かなくてはならなくて、バタバタしているうちに悲しみは紛れていったけれど、父様への誓いは忘れてはいけない。


「ここで利益を生み出して、領主として無視できない存在になれば叔父様を追い出せると思うんだ」

「そうか……そしたらアレンは遠くに行ってしまうの?」


 カラにそう言われてどきっとする。


「えっ?」

「いや! その……そしたら寂しいなって」

「だとしても僕はここの領主を辞めないよ。ここはもう僕の第二のふるさとだもの」


 広い海。眩しい太陽。この素晴らしい島で僕は成すべき事をするんだ。


「そうだ、カラ……これあげる」


 僕はポケットからあるものを取りだした。

 さっき本土から持って来たものの中に見つけたものだ。


「何コレ……花?」

「石だよ、砂漠の石」

「すごい綺麗ね」

「この海もやがて砂漠に繋がってるんだ。僕とカラはどこに居たってどこかで繋がっているんだよ」


 僕はそう言って砂漠の薔薇をカラに握らせた。

 カラは嬉しそうに微笑むとそれをポシェットにしまった。


「ありがとう……アレン」


 僕とカラはしばらくそうやって海を眺めていた。

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