21話 回想②

 次の日、僕は緊張でガチガチになって神殿に向かった。

 その様子を見て、付き添いの叔父様は僕の背中をバシッと叩く。


「キャベンディッシュの男ならばしっかりしろ、な?」

「は、はい叔父様……」


 神殿には僕以外にも何人かの男の子と女の子が並んでいた。みんな一様にそわそわしている。

 そして白い扉の先に進んで神託を聞き、戻って来る。


「やった、火のスキルだったぞ!」


 扉が開いて、赤毛の男の子がそう叫びながら飛び出してきた。

 ふっとその子と目が合うと、男の子は得意気に笑った。


「いいなぁ……」

「次、アレン・キャベンディッシュ殿!」

「ほら、アレン。順番がきた」

「は、はい」


 僕はギクシャクとしながら扉の先に進んだ。その先には神殿の司祭達が待っている。


「アレン殿、こちらの水盆に手をつけてください」


 僕は言われるがままにそれにしたがった。すると青みがかった光が現われ、古い時代の文字を映し出す。


「アレン殿のスキルは……『修復』です」

「『修復』? なんだそれ」

「スキルのそれぞれの意味や生かし方は自身で見つけることになります」

「う……そうだった」


 とにかく僕のスキルは『修復』というものらしい。そんなの聞いたことも見た事もない。


「なんにせよ、戦闘系のスキルじゃなさそうだ」


 僕はがっかりしながら神殿の扉を出た。


「どうだった」


 すぐさま駆け寄って来た叔父様に、僕はごにょごにょと口ごもってしまう。


「……『修復』というスキルらしいです」

「『修復』……?」


 叔父様のあからさまにがっかりした様子に、僕の胸はチクンと痛んだ。


「ごめんなさい」

「あ、いや。スキルを生かすも殺すもその人物次第だ……。兄上にはそう伝えるよ」

「はい」


 それでも僕は決まりが悪くて、落ち込んだ気持ちを払拭できずにそのまま自室へと足早に戻った。


「アレン様、どうでしたか?」

「……セドリック、ちょっとそっとしておいてくれ」

「はい……」


 僕は待ち構えていたセドリックを部屋から追い出すと、もぞもぞとベッドに潜り込んだ。


「はぁ……」


 今夜はさっきあそこに並んでいた子……恐らくはどこかの領主の子とか有力貴族の子だろう、あの子達との懇親のパーティがある。

 僕はふっとあの赤毛の子の顔を思い出して頭を抱えた。


 そんな風に悩んでいても、時間は勝手に過ぎるものだ。夕方になって僕は仕方なくベッドから抜け出した。

 その時、部屋のドアがノックされた。


「坊ちゃま、ラリサです」

「ああ」


 僕はなんの気なしに扉を開いた。そして……息を飲んだ。


「ラリサ……」


 そこには淡いグリーンのドレスに身を包んだラリサがいた。その横にはセドリックも。いつも甲冑に剣を携えているから忘れがちだが、ラリサは十七歳。娘盛りだ。

 僕はぼーっと無言のままラリサを見つめていると、ラリサはぶすっとした顔で口を開いた。


「どっかおかしいでしょうか」

「あ……いやぁ、その……綺麗だよ」


 そう言うと、ラリサの顔がサッと赤くなる。


「そういやラリサをエスコートするんだったね」

「ご、護衛を兼ねてですから」

「うん。すぐに仕度するからもう少し待ってて」


 僕はドアを閉めると礼服に着替えた。仕上げにセドリックに着付けを直して貰って出来上がり。


「じゃ、行こうか」


 気が向かないけれど、出来るだけ目立たないようにやり過ごそう。僕はそう思い直してラリサに腕を差し出す。


「あ……」

「む……」


 ラリサは腕を組もうとしたけれど、身長差でそっと手を添えるくらいしか出来なかった。

 手を繋ぐのは何か違うし、僕は仕方なくそのまま歩き出した。


 そうしてパーティ会場のがやがやとした広間にたどり着いた。キラキラとしたシャンデリア、見事な調度品にあふれかえるような花々が飾られた会場は、さすが王宮といった感じだ。


「こういうところは初めてです」

「うん、僕も」


 知識としてどういう振る舞いをすべきとかは知っていても、実際のパーティは初めてだ。


「わたし、飲み物を取ってきます」

「あ、いやいや……僕が取ってくる。今日はラリサは僕がエスコートするレディなんだから」


 僕はその辺を歩いていた従僕からレモネードを貰うとラリサを探した。


「あれ……どこにいったかな」


 僕がきょろきょろと会場を見渡すと、ラリサは誰かに話しかけられていた。

 あれは……火のスキルを得たと大声で言っていたあの赤毛の子だ。


「あの……」

「ああ、どうも」


 僕がおずおずと二人の前に立つと、赤毛の子はこちらを値踏みするように見る。


「こちらがキャベンディッシュのご子息か」

「はい、アレンといいます」

「オレはジャスパー・オルブライト。フォルスト領の領主の息子だ」

「あ……隣領の」

「そうなるな」


 ジャスパーと名乗った赤毛の少年はお隣さんだったらしい。


「神殿で見かけたね」

「そ、そうだね」


 僕は思わず俯いた。


「アレン、君のスキルは一体なんだい? オレは火だった」


 ああ、聞かれてしまった。


「……『修復』です」

「修復? それはなにが出来るの?」

「さぁ……何かを直す力じゃないかな」


 僕がそう答えると、ジャスパーは勝ち誇ったような顔をして僕を見た。


「ふうん。悠長なもんだな。何かを直すって道具屋とかならともかく、君は領主になるんだろ?」


 そしてチラリとラリサを見て僕の耳元に囁いた。


「十二歳にもなってこんなお守りがまだ要るくらいだからロクなスキルが貰えないんだ」

「なっ……!」


 僕がカッとなってジャスパーを睨み付けた。


「ラリサはお守りじゃないぞ!」

「はいはい。じゃあな! お気の毒に」


 ジャスパーは捨て台詞を残して去っていった。僕は悔しくて唇をギリギリと噛んだ。


「なんだよあれ……」

「あんまり気にしない方がいいよ」


 僕が口の中でもごもごと愚痴っていると、後ろから話かける人物がいた。


「彼、背伸びしてそのお姉さんをダンスに誘って断られたんだ」


 見ると、金髪を肩の辺で切りそろえた小柄な少年が立っていた。


「自分が思い通りの戦闘系スキルだったから舞い上がっているのさ」


 少年はふわりと笑うと僕の手をとった。


「ね、ちょっと話そうよ。ボクはロイ」

「あ、ああ……」

「いってらっしゃい、アレン様」


 僕はロイに手を引っ張られ、ラリサに見送りされてしまったのでしばらくはロイとその友達と当たり障りのない話をしてパーティをやり過ごした。

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