回想

20話 回想①

「はーっ、でも良かった。一応売れて」


 僕は浜辺に座りこんで連絡船の消えて行った方を見つめていた。


「あの人達がアレンの……クニ……国の人たちなんだね」

「カラ……」


 いつのまにかカラが横に来ていた。


「そうだよ。ずっと北の方の人だ」

「へぇ」

「この世界には他にも砂漠……砂ばかりの熱い国や、逆に寒いばかりの国もある」

「そっか……見て見たいな」


 カラも、海の向こうの見た事のない景色を想像しているのかじっと波を見つめている。


「今日の出来事はこの領土の大きな一歩だ」

「ねぇ……どうしてアレンは領主になろうと思ったの?」

「それは……」

「ここはいいところだ。ここでノンビリ暮らしたっていいでしょ」

「うーん。でも僕は……」


 僕はカラにどう説明したらいいのだろうと思ってしまった。


「ちょっとだけ本土の話をしてもいいかな」


 僕は、どうしてこの島に来ることになったのかを……カラに話し始めた。


***


 四か月ほど前。街道を急ぐ二台の馬車。その馬車にはキャベンディッシュ家の紋章が側面に描かれている。馬車は領地であるセロン領を出て、王都へと向かっていた。

 その先頭に乗っているのはこの僕とそのお付き達。


「アレン様、緊張してらっしゃいますか」

「しない訳ないだろう、セドリック」


 僕の緊張を解こうと微笑みながら話しかけてくるのはセドリックだ。


「領地を出るのも初めてなんだ」

「そらそうですよねぇ」


 セドリックはとらえどころのない笑顔のまま頷いた。


「セドリックは昔宮廷にいたんだろ? どんなところ?」

「そうですねぇ。綺麗な姫君がたくさん群れなして私の手を取ろうと……」

「うおっほん!」


 大きな咳払いがした方を見ると、ラリサが苦虫をかみつぶしたような顔をしている。彼女の灰色の目がセドリックを冷たく睨み付けた。


「セドリック殿。嘘はいけません」

「嘘ではないですよ」

「だとしても坊ちゃまにはまだ早いですっ!」


 ラリサがセドリックに食ってかかる。


「まぁまぁ……」


 このふたりはいつもこうだ。っていうかセドリックのほうはラリサを相手にはしていないようだけど。ラリサはそれがまた気に入らないようだ。


「早いってことはないでしょう。もうアレン様は神殿の儀式に出る年齢になったのですし」

「あああ……思い出させないでよ」


 僕は頭を抱えた。人は『スキル』というその人独自の能力を持っている。十二歳になると教会に行ってその『スキル』の内容を神託によって聞くんだけど、僕みたいな貴族は大きな神殿でそれを聞くのがステータスなのだ。

 『スキル』によってその人の得意なことや生き方が決まる。とっても大事なものだ。


「はぁ……変なのだったらどうしよう」

「どんなスキルでもいいじゃありませんか」

「そうは言っても、領主の嫡男だもの。火とか風とか……戦闘系のスキルじゃないとカッコ悪いよ」


 かく言うセドリックの固有スキルは風。ラリサは火だ。セドリックがスキルを使うところは見た事がないけれど、ラリサのは見た事がある。炎を纏い勇ましく剣舞を披露するラリサは格好良かった。


「じゃあ帰ります? 別に王都の神殿じゃなきゃ駄目な訳でもありませんし」

「無理だよ……」


 僕は後ろをチラッと見た。


「叔父様が見張ってる」


 二台目の馬車には叔父のサミュエルが乗っている。父様の歳の離れた弟のサミュエル叔父様が、是非とも王都で神託を受けさせるべきと主張したのでこうやって馬車を走らせるはめになったのだ。


「『セロン領の次期当主として、宮廷で他の貴族と交友を深めるのは当然の義務』って、それはそうなんだろうけど」


 僕はそういうのは苦手だ。けど……頑張るしかないのだろうな。父様の跡を継いで領主にはなりたいし。


「父様にがっかりされたくないから辛抱するよ」

「さすがアレン様です」


 父様は厳しくも温かい人柄で、領地の経営にもそれが現われている。質実剛健なその振る舞いは皆の尊敬を集めていて、もちろん僕もその一人だ。

 やがて父様の跡を継げるのは僕の誇りだし、僕も父様のような領主になりたい。


 それから馬車はひたすらに街道を進み、やがて王都にたどり着いた。


「はー……これが王都かぁ」

「すごい人だ」


 セロン領を出たことがなかった僕とラリサはその人の多さにまず驚いた。


「うちのヒンベリーの町の市の日よりもずっとずっと人が多い」


 セロン領で一番大きな町に半月に一回立つ市の日なんて目じゃなかった。それにセロン領では見ない銀や青の髪の色をした人や黒い肌の人もいる。


「あ、あれは……? セドリック」

「あれは獣人セリアンスロープですね」

「へーっ、あれが……初めて見た」


 ふさふさの耳と尻尾をもった人を見て、僕はなんだかむずむずした。さ、触ってみたい。でも獣人は気が短くて、不用意に触れてはならないと本で読んだのでここは我慢。


「ここは王都。ルベルニア王国の富が集中します。人も物も沢山行き交うのです。この国で一番……いえ世界で一番の街です」


 どこからか流れてくる音楽、人々のさざめき声、そんなものを馬車の中で聞きながら僕達は王城の門をくぐった。


「はー、やれやれやっと付いた」


 僕が馬車を降りると、すぐに叔父様が近寄ってきた。焦げ茶の髪と青い目は僕と父上とそっくりだけど顔立ちはまるで違う。もっとずっと女性に好かれそうな……つまりはハンサムなんだな。


「さて無事到着だ。疲れたろう。部屋はこっちだ」


 僕はにこにこと笑顔の叔父様の後についていった。


「この部屋だ」

「うわぁ、いい眺め」


 案内された部屋からは広大な王宮の前庭と、その先の街の屋根が連なっているのが見える。


「私ははす向かいの部屋にいるから」

「はい、分かりました」

「我が甥御殿はどんなスキルを得るのだろうな」

「はは……」


 僕は叔父様からの圧をひしひしと感じながら、口の端を吊り上げた。


「期待しているぞ」


 そう叔父様は言って、ポンと僕の肩に手を置くと部屋を出て行った。

 叔父上には伴侶も子供もいない。そのせいか僕に過剰に期待しているところがあってちょっと苦手だ。


「母様、王都に着きましたよ」


 僕は出窓に腰掛けると、胸元のロケットペンダントを開いた。そこには僕を産んですぐに亡くなった母上の似姿がはめ込まれている。

 肖像の母様はいつまでも少女のようなままだ。


「父様と母様はここで出会ったのかぁ」


 ルベルニア王国の宮廷はとくに華やかだと聞く。正式な晩餐会なんかはまだ僕の歳では参加できないけれど、同じ様に神殿に神託を聞きに来た同じ年頃の貴族の子弟がいるはずだ。

 今回はその子弟達との懇親も大事な目的だ。


「街の散策もしたいな。お土産も買わなきゃだし」


 僕は荷物の中から小さな額縁を取りだした。そこに描かれているのは家族の肖像。父様に、後添いのお義母様に産まれたばかりの弟のラルフ。


「あっ、無事着いたって手紙を書かないと」


 僕は机の椅子を引くと、白いキャベンディッシュ家の紋章入りの便せんを広げて手紙を書きはじめた。

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