19話 GOGO! 連絡船

「それではココナツ油作りからだ!」


 灯台に戻った僕達は、翌日さっそく良く熟したココナツを探してきた。

 カラ監修の元、ココナツ油を作る。

 

「私達は灰と泥で体を洗うよ」


 そんなカラの言葉をヒントに、石鹸には泥を加えることにした。

 これは特定の場所で採れる栄養豊富な泥なのだそうだ。


「……できた!?」


 灰の配合を何回かやり直した結果、数日後にようやく石鹸のかたまりが出来た。

 セドリックの持ってた辞典によると、これで一ヶ月寝かせるそうだ。


「よし……」


 僕はセントベルの領主の証である印章の指輪を手にして、石鹸にぎゅむっと押しつける。


「これでセントベル印の高級ココナツ石鹸だ」

「でも、あれだけ大変な手間をかけてこれっぽっちなんですね」


 ラリサが額の汗をぬぐいぼやく。


「へへへ、その辺は考えてあるよ」

「お館様……?」

「いいかい? 『修復』!……からの『複製』!」


 ぽぽぽぽぽっ、と石鹸が複製される。


「ほらね」

「わーっ、アレンかしこい!」


 カラから黄色い声援がとんでくる。どんなもんだい。


「アレン様、これがあれば……」

「そう、シャツも一着あれば複製できる!」

「おお……」

「でも作る僕らの腕がまだいまいちだから何回か作らないとね」


 本土に送るものは本当の一級品にしたい。だけどこの複製のスキルがあれば、大規模な施設は必要ない。


「それから、品物の倉庫が要るだろう?」


 僕は手を挙げた。


「灯台を複製!」


 するとみるみるうちに灯台の隣にもう一つ灯台が現われた。


「これで良し」


 そうして僕達は、夢中になって石鹸を作り続けた。


 キナハ織りのシャツの方は集落のおばあちゃん達に任せた。見本で渡したセドリックのシャツから彼女達は大中小のサイズ違いに作ってくれた。


「縫い方もしっかりしていて、これはすごい」


 出来上がったシャツは丁寧な仕事だった。今回は模様無しのシンプルなもの。

 さあ、連絡船! いつでもこい!


 僕達は交易品を山のように用意しながら、村の壊れた建物や設備を直しつつ……待った。




「あっ……! セドリック! お館様!」

「ラリサ、どうしました」

「どうしたの?」


 いつものように磯から帰ってきたラリサは慌てたようにしてこちらに駆けてくる。


「ふ、船が来ました!」

「本当か!」


 僕は素早く狼煙を上げた。少し離れて森で狩りをしていたカラとヴィオが戻って来る。


「二人は少し離れて見ていてくれ」


 船員達が彼らをどう思うか分からない。僕は念の為に二人を離した。


「よし……」


 その頃には僕達の目にも、連絡船が見えていた。

 そこから小舟が降りてくる。


「やあ! 待っていたよ!」


 僕達がそう大声を張り上げながら手を振ると、それに気付いた船員はびくっとした。

 ん? さっき川で体も洗ったし、このシャツだって洗濯したてだぞ。


「ど……どうも……」


 小舟から島に上陸した船員は、あたりをきょろきょろしている。


「い、生きてたんですね……」

「えっ?」

「いや、こんな島に置いて行かれて俺たちゃてっきり……」


 そうか、彼らは僕らが死んだものだと思ってたんだな。ところがどっこい、この島は文明らしいものこそ少ないけど暮らしやすいんだ。


「まーいいや。それよりさ! 交易品を用意している。買い上げてくれ」

「へ……へえ」


 男たちは慌てて小舟に戻り、引き返した。

 そして今度は五隻の小舟に乗ってやってきた。


「アレン様、大変失礼した。私が船長のグレンウィルです」


 豊かなヒゲを蓄えた恰幅のいい男性がやってきた。彼が連絡蝉の船長らしい。


「交易品を見せて貰えますか」

「ああ」


 僕達はまず、ココ椰子の実とパパイヤなどの果物を見せた。


「はい、船の備蓄にいいですね。助かります」

「それだけじゃないんだ」

「と、いいますと」


 僕は倉庫の奥からキナハ織りのシャツを出した。


「これは軽くてさらっとしたここの名産のキナハ織りのシャツです」

「ほう……本当ですね。涼しげだ」

「船員さんにぴったりだと思うよ」


 僕がそう言うと、グレンウィル船長は頷いた。


「なるほど。これもあるだけ貰えますか」

「できれば金じゃなく物と交換がいいんだけど」

「では、一度船へ行きますか」

「はい!」


 そして僕達は船に行き、本土の食料と調味料を補充し、鍋や鉈などの鉄器、それから船にあった余剰のものは全て貰った。

 それでも価格に見合わなそうな分だけ金に換えた。

 それは良かったんだけど。


「あのー……この石鹸は?」

「うーん、販路が我々には」

「それならセロン領に頼めばいい」

「私の一存では……」


 ああ、本当に叔父様は僕を見捨てたのだ。僕は初めてハッキリとそれを自覚した。


「じゃあ、これ見本で少し持って行ってくれ。今度来た時でいいから」

「……分かりました」


 シャツは船員達に売れたけど、石鹸は余ってしまった。


「使えばきっといいものだって分かりますよ」


 セドリックはそう慰めてくれる。


「うん……」


 僕はまた遠く去って行く連絡船を見ながら、頷いた。


***


 それから一ヶ月後……ルベルニア王国セロン領にて。


「――生きていた、だと?」


 アレンの叔父、サミュエルは無表情にその報告を聞いていた。


「は……こちらがアレン様が島で作った交易品だとかで」

「シャツに石鹸、か……」


 ああ、あのセドリックとラリサを付いて行かせたのは間違いだった。

 こちらの思い通りにならないのなら殺してしまえば良かったのだ。

 サミュエルは内心怒鳴り散らしたいのをなんとか堪えた。


「サミュエル殿……?」

「いえ、なんでもありませんよシルビア様」


 サミュエルはアレンの義母シルビアに微笑みかけた。

 この恋も知らずに嫁いできた義姉を丸め込むのは容易かった。

 その息子のラルフはまだ乳飲み子。


 だけどアレンはいけない。快活で賢く、純粋に父を慕うあの子は……。

 だから南の孤島セントベルに追いやった。

 嫡子を大っぴらに殺しは出来ないからそこで死んでくれと。


「セロン領は私のものなのだ」


 ずっと兄の後ろでサミュエルはその才を腐らせてきた。

 このチャンスを生かせるのは今しかない。


「アレンめ……!」


 サミュエルは目論見が外れ、唇を血の出るほど噛みしめた。



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一章完結です。

少し回想シーンを挟んで二章に向かいます。

カクヨムコンの応募規定まであと6万字……。

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