18話 ココ☆ナツ

「こんにちは! 見ていてもいいですか?」

「よう来なさった。おいでおいで」


 僕は籠を作っているご老人の側で、その手つきを見ていた。

 細かく複雑な工程をスイスイと繰り返すその動きに僕は思わず息を飲む。


「肩こりと腰痛まで直して貰っちゃって」

「あと百年生きられるねぇ」


 僕が直したのは骨がずれていたりして見るからにひどいとこだけだけどね。

 ご老人の体の悪いところを直していたらキリ無いし、実際のところ、老化にどのくらい『修復』で対抗できるかは分からない。


「あたしも作り方を習ってるけど、おばあちゃん達の技にはとてもかなわないよ」

「そうだねぇ」

「ねぇ、カラ。せっかくだから美味しいものを食べさしておやりよ」

「おいしいもの?」

「うん。『うんち』なんてどうだろう。今、あっちで作ってるよ」


 う、うんち!? うんちを食べさせられるのか? いや、でも……出されたものは食べないと……。いやいやいや!


「『うんち』か、いいね!」

「カ、カラ……?」


 カラはいかにもそれはいい考えだ、とでもいうように頷いた。


「『うんち』……」

「カラ、それはちょっと」


 セドリックとラリサも動揺している……。


「じゃあ付いてきて」

「わかったよ」


 カラに付いていくと、そこには大量のココ椰子の実が転がっていた。


「お手伝いをしよう。そしたらご褒美に『うんち』が貰えるよ」

「そ、そう……」


 ご褒美のうんちとは一体。僕は訳も分からないまま、カラの側に座る。


「はい、これ使ってすり下ろして」

「うん」


 ココ椰子の白い胚乳を臼で突いて細かくする。それを水に浸して布で漉す。


「カラ、すごい早い」

「あははは、『強力』のスキルを使ってるから」


 ココナツを水に晒して絞ったカスは別にする。これはこれで食べるんだって。


「これがココナツミルクだよ。飲んでみる?」

「うん!」


 ああ、ほんのり甘くてコクがあって美味しい……。


「美味しいね、ラリサ」

「ええ。本当にミルクみたい」


 そして今度はコレを煮詰めるそうだ。


「ずーっと煮詰めたのがこれ」


 白いココナツミルクが分離している。そこからは透明なココナツ油がとれる。


「この油はとても美味しい。美容にもいい。私達女は泥と混ぜて日焼け防止につかう」

「日焼け……」

「ラリサにあげよう。女の子だもんね」


 カラはラリサに特製の日焼け止めをくれた。


「ただ、油を取るのは大変だ。でも頑張ってお手伝いをすると『うんち』が貰える」


 カラは煮込んだココナツミルクから分離した茶色い物体を差し出した。


「これが『うんち』だ。ココナツのうんちってあたしたちは呼んでる」

「な、なーんだ……」


 油を取るときにできる茶色い要らないものだから『うんち』か。僕はほっと胸を撫で降ろした。セドリックも同様に


「びっくりしましたね、アレン様」


 とあからさまな安堵の表情を浮かべた。


「あ! もしかして本当にうんちを食べると思ったのか!?」


 カラはここで初めて僕達が勘違いをしていたことに気付いたようだ。


「そんなことしないって。まあ食べてみてよ!」

「うん」


 僕はそっとそのうんちを摘まんだ。口に入れると香ばしくて甘くてふわふわしていて……これは癖になりそう。


「んんっ、美味しい!」

「この味は宮廷の菓子より美味しいかもしれません」


 ラリサもセドリックも気に入ったようだ。ただ、名前はどうにかならなかったのか。


「油も料理に使うと絶品だから持って帰って」

「ありがとう」


 そんな訳で甘い香りのする油を貰って、僕はようやく拠点の灯台に戻った。




「さっそく使ってみましょう」


 ラリサはそれで魚とバナナをあげ焼きにした。


「うわっ、いい香り」


 僕は香ばしく揚がった魚の身をはふはふと口にほおばる。ただ焼いただけのときより格段に美味しい。バナナもねっとりほくほくで甘みを強く感じるような気がする。


「なるほど、これは手間をかける価値がありますねぇ」


 セドリックも納得の美味しさだ。


 それだけではなかった。翌日、川に体を洗いにいったラリサが大慌てで戻って来た。


「すごいです。バサバサだった髪と肌がうるうるになりました!」


 どうやらお手入れにココナツ油を使ったらしい。


「こんなすごいと思いませんでしたよ!」


 ラリサは大興奮だ。


「なるほど……油を交易品に……でも本土に送る容器の問題とか酸化が……」


 それを見たセドリックは何やらぶつぶつと呟いている。


「そうだ! 石鹸にしてしまえばいい!」

「石鹸……石鹸って作れるの?」


 僕がそうセドリックに聞くと彼は勢いよく頷いた。


「ええ、灰と油があれば作れます。動物油脂なら大量に作れるのでそれで作る事が多いですが……このココナツ油で美容に良い高級石鹸を作る……なんてどうでしょう」

「なるほど! そしたらこの島のハーブを香り付けに加えるとかは?」

「いい考えです」


 やった。そしたら量産に向けて、設備を整えよう。

 定期連絡船が来るまであと二ヶ月。

 キナハ織りのシャツと高級ココナツ石鹸が僕らのおすすめ商品になりそうだ!

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