15話 未知の病
「それじゃああたし達はこの辺で! ほら、兄さん帰ろ!」
その様子を見ていたカラはヴィオの手を引っ張った。
「あー」
「もう、兄さんったら! ……あ、あれ?」
腰の重いヴィオに苛立った声を出したカラだったが急にへなへなと座りこんだ。
「カラ……? どうしたの」
「痛い……痛い……」
カラは脂汗をかいている。どこかが痛むみたいで自分を抱きしめるようにして俯いている。
「ちょっと失礼」
僕がカラの額に手をあてると、ずいぶんと熱かった。高熱じゃないか。
「熱がある……」
「すまん、アレン。早くつれて帰る」
ヴィオは難しい顔をしながらカラを抱き上げた。
「無理に動かさない方がいいんじゃないの、ヴィオ」
「これはおそらく『ムム病』だ。死ぬもんじゃないから大丈夫」
「『ムム病』?」
先住民の言葉が混じっている。ここ特有の病ということだろう。
「それってどんな病気?」
「十歳から十五歳くらいの間に高熱と体の痛みが時折起こるようになる。この病で死ぬことはない」
随分と奇妙な病気だ。死ぬことはなくても、カラの様子を見ていると随分辛そうだ
……。
「やっかいなのは熱よりこれだ」
心配でカラから目を離せないで居る僕に、ヴィオは足に巻いている布を取ってみせた。
「そ……れ……」
「痛みはないが、感覚が鈍くなってくる」
それは厚く肥大化した脛だった。象の皮のようにザラザラしている。この足で山を駆けていたのか。
ラリサもセドリックもそれを見て息を飲んでいる。
「皆、一度はかかる病なんだ」
「回復魔法は?」
「この病気を治せるだけの回復スキルを持ったものがここ数十年産まれていないんだ。カラがそうではないかと期待されていたんだが違ったしな」
「ああ……」
カラはそれで自分のスキルを言うのを嫌がったのか。気の毒だ。
「アレン、心配してくれてありがとう。カラは村で休ませるから大丈夫だ」
「うん……」
僕達三人のうちにも回復スキル持ちの人間はいない。
僕は結局、カラに何もしてやれなかった。
「……」
「アレン様、ウサギを解体するのを手伝ってください」
無口になってしまった僕に、ラリサが声をかけてくれる。
あの病気ではしなないらしいし……。
「ごめん、心配かけて」
「いいえ。それにしても変わった病気ですね」
「翻訳機が反応しなかった。ここ独自の病気……そんなのがあるのかな」
「土地に由来する病気というのはありますよ」
僕が首を傾げていると、セドリックが話に割って入ってきた。
「へぇ?」
「食べるものや、土壌が原因だったり、寄生虫が原因だったりします」
「そしたら、あの病気も原因を探れば直せる……?」
「かもしれませんが、我々は医者でも回復術師でもないですからね」
セドリックはそう言ってため息をついた。
けど。だけど。なにか方法はないのかな。この土地が原因ってことは僕達だってかかる可能性があるんだよね。
「うーん」
そんな僕の目の前にはウサギ。……ラリサが手際良くかっさばいている。
いや、待てよ。
「ラリサ、それかして!」
「え?」
「ウサギ!」
僕はまだ捌いてないほうのウサギを手にした。
「アレン様、何をするつもりです?」
「まあ見ててよ、セドリック」
僕はウサギに『修復』スキルを使った。まばゆい光とともに、ウサギの体の構造が流れてくる。うん、やっぱり生き物にも使えるようだ。
「あ、居た居た」
僕はお腹の辺りに手をやった。ぐっと魔力をこめるとぽろりと寄生虫が出てくる。
「うわぁあああ!」
きもい! けど思った通りだ。ウサギの体の怪我した部分や寄生虫がいるところがちゃんと分かるぞ。
「セドリック、このスキルを使えば体の悪いところとかが分かるよ」
「なるほど……治療の一助になりますね」
「カラとヴィオがやってきたら診せてもらおう」
もし寄生虫が原因でなくても、予防のヒントとかにはなるかもしれないし。
「アレン! 心配かけた。もう元気だよ!」
「こらこら、そんなに走り回るな」
意外にも翌日にカラとヴィオはやってきた。
カラは僕の周りを走り回って、もうなんでもないということをアピールしている。
「カラ、僕は君とヴィオの病気を治せるかもしれないよ」
「え……?」
「僕のスキル『修復』は物の構造を調べられる。それを利用して、カラの体の悪い部分を探すんだ」
回復術が使えたらそういう所をすっ飛ばして治せるのだけど。
「……本当か?」
「たぶん。やってみてもいいかな」
「うん!」
カラは快諾してくれた。ちらりとヴィオを見ると、彼も黙って頷いた。
「カラ、ヴィオ……そしたらこっちへ」
僕は二人を連れて灯台の中に入った。そしてベッドに寝そべってもらう。
「それじゃはじめます……『修復』!!」
「うっ」
カラが少し顔をしかめる。なんだか違和感があるみたい。
「うーん、あ……」
カラの体の情報が僕に入ってくる。えっとこの骨折の跡は無視して……ああ、寄生虫がこんなところに。
そこは心臓だった。僕は慎重に少しずつ魔力を籠める。すると手の中に長いひょろひょろした寄生虫が現われた。
「これでカラの体の悪い物はもういないはずだ」
「ありがとう……」
カラはすぐに起き上がった。特に痛かったり血が出たりということはないみたい。
「じゃあ、ヴィオ。じっとしててね」
僕は今度はヴィオの足に触れた。どう考えてもここが悪いだろうし。
「ああ、足に寄生虫がいる! 今取り出しますね!」
「ぐっ……」
ヴィオが呻いた。無理もない。カラに取憑いていた寄生虫よりもずっと大きな寄生虫が出てきたからだ。
「こ、これで大丈夫なはずです」
「そうか……」
すぐには実感ないだろうけど、体を見た限りこれしか原因が見当たらないし。
僕はさっそく取りだした寄生虫を調べた。うん、これは蚊を媒介して取憑くのか。
「村で蚊が発生しないように水たまりとか無くすことを心がけてください」
それを聞いたセドリックが二人にそうアドバイスした。
「くそ、蚊か……」
「あんなちっこいのに、むかつくな。ニコの葉を炊いて追っ払ってやる」
カラとヴィオは小さな蚊が病の原因と聞いて、さっそく村に帰っていった。
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