12話 蜂蜜とバナナのケーキ

「蜂蜜取り?」

「ああ。なにか方法を知らないか?」


 翌日、僕らの拠点に現われたカラに蜂蜜の取り方を聞いた。


「知ってるよ」

「本当? 教えて!」

「いいけど、採れた蜂蜜を分けてくれ」

「うん、もちろん」


 僕がそう答えると、カラは準備をしてくると言って一旦去って行った。


「ほら、この帽子を被って」


 カラは持って来た帽子を僕とセドリックに渡した。帽子にはつばがついていて、そのつばから布が垂れている。


「それからこれを」


 そう言ってカラが差し出したのは、貝の器に入った軟膏のようなものだった。


「何これ? 変な匂い」

「動物の脂と薬草の汁を混ぜたもの。虫除けになる」

「へぇ」


 この青っぽい匂いは薬草によるものか。僕はその薬を丹念に塗り込んだ。


「じゃあ行こう」

「わかった。ラリサ! お留守番頼むね!」


 僕はラリサに手を振って、椰子の群生している西の浜辺に向かった。


「この辺だよ」


 僕とセドリックが昨日蜂を見つけたあたりに案内する。


「本当だ、蜂が多いね」


 カラは蜂をじっと見つめると、いきなり森の奥に向かって歩き出した。


「あった」

「は、早い……」


 森を行くカラのスピードにも驚いたけれど、すぐに巣を見つけ出したのにもびっくりした。木の虚からせり出すように巣があるのが見えた。


「じゃあ採ろう」


 カラは腰に差していた短刀を抜いた。その刀身は白い。この短刀は動物の角か何かで作られているみたいだ。


「まず、巣をいぶす」


 カラはミツバチの巣の下で、焚き火をし出した。その火に生木をくべて煙を出す。


「こうすると蜂が大人しくなる」

「へえ」


 僕はカラの手際のいい作業を見ながら蜂避けの帽子を被って突っ立っているだけだ。


「さぁ、あとはこの巣を切り取る」

「えっ、まだ蜂居るよ?」

「多少は刺される。覚悟しよう」


 結局刺されるんじゃないか! あっ、今なんかちくってした!


「ほら、バケツを寄越して」

「うう……」


 カラは周りで唸っているミツバチなんて意に介さずに巣を切り取ってバケツに入れていった。


「はい。採れた」

「うん……。あいたたた」

「刺された?」


 僕が首筋を押さえていると、カラはちょっと心配そうにこっちを見た。


「見せてみな」

「ここだよ」

「そっか」


 カラは僕の赤くなった首筋を確認するといきなりそこにカプッと吸い付いた。


「じゅうう……」

「あっ……ひっ……」


 僕は柔らかくてあったかいその感触に目を白黒させて身じろぎをした。


「うん。これで針は取れたと思う!」

「あ、ありがとう……」


 僕はカーッとほっぺたが熱くなるのを感じた。

 治療行為だ! そうだこれは治療だ……。


「アレン様、行きましょう」


 気が付くと蜂巣の入ったバケツを手に、セドリックが背後でニヤニヤしていた。


「笑うなって、セドリック! ほら行くぞ!」


 僕は気恥ずかしさを振り払うように森の外に出た。


「あっ、ちょっと待って!」


 そんな僕を呼び止めたのはカラだ。カラは足を止めると一本の椰子の木にするする登っていく。


「いいものがあった」


 そう言って手にしたのは……ぐるぐる巻いた何か。


「椰子の芽だ。そのまま食べられる」

「おいしいの?」

「癖がなくて美味しいよ」


 へぇ……サラダのバリエーションが増えたな。こうして僕達は念願の蜂蜜を手にして拠点へと戻った。


「カラ、僕達この蜂蜜を使っておいしいものを作るんだ。カラも食べてってよ」

「え、いいの?」

「うん。大体この蜂蜜ほとんどカラが採ったようなもんだし……」


 おいしいもの、と聞いてカラの顔がパッと明るくなった。


「おーい、ラリサ! 蜂蜜取れたよ」

「お館様、こちらの準備も万端ですよ」


 ラリサは僕達が留守にしていた間の成果を見せてくれた。


「ほら、山羊のミルクからバターが出来ました」


 べえこちゃん一匹から取れるミルクの量もたかがしれているからほんの少しだけれど。


「それじゃあケーキを作りましょう」

「わーい」


 僕とカラはわくわくしながらラリサの手元を見つめた。


 ラリサは椰子の殻のボウルに、卵の白身を入れた。それを白くなるまでかき混ぜる。


「お館様、もっとふわふわになるまでかき混ぜてください」

「おっ、わ、わかった」


 うまく出来るだろうか。

 それからラリサは他のボウルに残った卵黄と蜂蜜を加えて混ぜ、小麦粉を入れる。

 そこに僕が泡立てた卵黄を入れてさっくりと混ぜ合わせる。


「では焼きます」


 ラリサはフライパンにバターを塗ると、そこに輪切りにしたバナナを敷いて、上から生地を流し込んだ。


「バナナの葉で蓋をして、しばらく待ちます」


 香ばしいいい匂いがしてくる。焼き上がりが楽しみだ。

 その間に取れた蜂蜜をカラにお裾分けする。蜂蜜はたまたま見つけた時にしか取れないから貴重なんだそうだ。養蜂とかはしないのかな。


「甘いものは椰子から糖蜜をとった方が楽なの」

「砂糖がとれる椰子があるんだ」


 万能だな、椰子。他にも籠にしたり縄にしたり使い道がいっぱいあるんだって。

 そんなことを話している間に、バナナケーキが焼き上がった。


「うわぁ……いい匂い……」


 甘くてふんわりと香ばしい香り。黄金色に焼き上がったケーキの匂いを思いっきり吸い込んだ。


「お、おいしそうですね」


 昔からあまり甘い物には興味を示さないセドリックも、これには少し興奮気味だ。


「待ってくださいね」


 ラリサはケーキを切り分けた。バナナの葉をお皿にして、ケーキをよそってそこにたらりと蜂蜜をかける。


「さぁ戴きましょう!」

「あーん」


 僕はケーキにかぶりつく。ふわふわの生地に蜂蜜の優しい甘さ、それからバナナのしっとりした食感。


「美味しい……」

「アレン! これ美味しい!」

「良かったです」


 パクパクとケーキを平らげる僕達を見て、ラリサは満足気に頷いた。

 お菓子なんて久し振りに食べた。

 ケーキ、ケーキかぁ……。


「お義母様も時々ケーキを作ってくれたなぁ……」


 僕はふっとそんなことを思い出す。

 父様が亡くなる前までは血縁こそないけれど、本当に優しい母親だったんだ。


「アレン様。シルビア様もいつか味方になってくれますよ」


 少ししんみりしてしまった僕の肩に手をやって、セドリックは呟いた。


「うん……」


 いつか、この島で成功を収めてセロン領に戻ったら、お義母様も以前のように接してくれるだろうか。

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