10話 交流を深めたい

「いい物を貰ったからお礼しないとね。ちょっと待ってて」


 そう言ってカラは弓を携えて森の中に入っていった。そしてしばらくすると黒い鳥を持って帰ってきた。


「これ、どうぞ。あと臭み取りの香草も」


 名も知らぬ鳥を一羽と、草を貰った。


「へぇ……香草」

「うん。あたし達は料理によく使う。そこら中に生えてるからね。ほら、そこにも」


 カラが指さす先には草が生えていた。ちぎって口に入れると、レモンみたいな爽やかな香りにほんのりとした酸味がする。


「ふーん。お茶やスイーツにも使えそうですね」


 ラリサもその草を口にしてそう感想を漏らした。


「家の周りに植えてみましょう」


 そういってナイフで根元から掘り出した。


「これ、なんという草ですか?」

「モリ」


 ルベルニア語に対応する言葉がないのか、カラ達の言葉で返ってきた。


「狩りの途中だから、あたしそろそろ行かなくちゃ」


 カラはそう言って荷物を持った。ああ、時間を取らせちゃったな。


「僕達、あそこの灯台に住んでるんだ。日を改めて来てよ。歓迎するよ」

「あの白い塔ね。うん。分かった」


 カラはまた手を合わせて僕達にお辞儀をした。


「珍しいものをありがとう。また会おう、白い人」


 あっという間にカラの姿は森の中に消えて行く。


「本当にいましたね。いやぁ興味深い」

「ね、言ったろ」


 セドリックは何やら感慨深げにしている。


「この島でずっと生きてきた人達です。彼らの生活はとても参考になりそうですね」

「うん、僕もそう思うよ」


 僕達はカラとの対話を終えて山を下りた。

 そして灯台の周りの空いた所の土を掘り返してモリ草を植えてみた。


「他に香草を見つけたら植えてみましょう、お館様」

「ハーブ園か……料理が多彩になるね」


 少しずつ島の生活に彩りが添えられていく。こういう変化は大歓迎だ。


「さーてどんな風に料理しましょうか」


 ラリサは鳥の羽をむしりながら何のメニューにするか思案顔をしている。


「シンプルに香草焼きにしましょう」


 メニューを決定したラリサは手際よく鳥を捌くと、刻んだモリ草と塩を肉に揉み込んで焼きはじめた。


「うん、美味しい」


 こんがりと焼けた鳥の香草焼きは僕らの昼食になった。脂身が少なくさっぱりとした野鳥の肉に香草の香りが良くあう。


「ふー……お腹いっぱい」


 僕達は鳥をぺろりと平らげて、お腹をさすりながら食休みをした。

 温かい海風が頬を撫でる。ああ気持ち良いな。


「むにゃ……むにゃ……」


 あー眠たくなってきた。カラは次いつ来るんだろう。楽しみだなぁ……。

 ぼくはそのままウトウトとまどろみながら午睡を楽しんだ。




 カラが僕達の拠点の灯台にやってきたのはそれから二日後だった。

 僕達はちょうど足りなくなってきたバナナと椰子を採ってきたところだった。


「アレン!」

「あ、カラ……?」


 空き箱を積み重ねた食料庫もどきにバナナをしまっていたら呼び声がしたので僕はイヤリングを装着して外に出た。

 そこにはカラと、カラと同じ褐色の肌をした男性が立っていた。


「そちらは誰?」

「紹介しよう。あたしの父、ルアオ」


 カラがそう男性――ルアオを紹介してくれた。黒髪に顎髭を蓄えたカラのお父さんは手を合わせてぺこりと頭を下げた。


「先日はカラが世話になった」

「いえ、逆です。お世話になったのはこっちのほうで」


 こんな立ち話もなんだから、僕はリビング兼ダイニングの灯台の前の一角にある空き箱の椅子に二人を座らせた。


「ラリサ、お茶を淹れてくれる?」

「はい、かしこまりました」


 ラリサがお湯を沸かしはじめたので、僕とセドリックは彼らの向かい側に座った。


「改めまして。アレンといいます」

「カラから君たちのことは聞いている」


 ルアオの口調は決して敵対、とまではいかないけれど警戒心を抱いているように感じられた。


「この島を開発する、と聞いた」

「はい」

「……」


 僕がそう答えると、ルアオは戸惑いを含んだような顔で黙ってしまった。

 こんな子供に言われたところで困ってしまうのも無理ないとは思うんだけど。


「……私が子供のころ、同じように人が来てこの白い塔を建てていった。だけどいつの間にか居なくなっていた」

「ああ……」


 戦争でそれどころではなくなってしまった先の開拓団の人たちだな。

 そう考えていると、ラリサがお茶を持って来た。


「どうぞ」

「ありがとう」


 カラとルアオはカップを受け取った。一口飲んで、カラはつるつるした器が珍しいのか指先でいじっている。

 僕がなんと言葉を繋げればいいか迷っていると、セドリックが口を開いた。


「私達は今は帰る所がないんです。ここを開発するまでは戻らないつもりです」

「ふむ……」


 ルアオは僕とセドリックを交互に見て何か考え込んでいるようだった。


「あの、カラから聞いたんですけど『海の向こうの人の言葉を聞け』って言い伝えがあるそうですね」

「ああ、村の婆さん達の口伝だ」

「僕達はあなた達からなにか奪おうとは思ってません。できれば開発に協力して貰えると助かるってだけで」

「うむ」


 カラと違って口数が少なく表情に乏しいルアオは、いまいち何を考えて居るのかわかりにくい。カラも父親の手前か黙ったままでいる。


「我らの暮らしは島の恵みでなりたっている。足りないと思ったことはない」

「うん……」


 そうだよな。ずっとこの島で静かに暮らしてきたのだもの。ポッと出の僕なんかに言われたからって素直に言うこと聞くわけないよね。


「しかし、それは我らが何も知らないからかもしれない。婆様の口伝の意味はそういうことなのだと俺は思っている」

「そ、それじゃあ……」

「しばし、そちらのことを見定める時間が欲しい」

「どういうことです?」

「そちらの暮らしを助けるのに手助けはしよう。ただ、集落にくるのは遠慮して欲しい」


 なるほど、互いの理解が深まるまでは限定的な交流にしようってことだな。


「うん、それでもいいです。僕は……僕達はあなた達のことが知りたい」


 僕がそう答えると、ルアオは初めてにっこりと笑った。


「承知した。しばらく連絡はカラにまかせる」

「わかりました」

「よろしく。そうだ。これを持って来たんだ。カラ」

「うん」


 カラはバナナの葉に包んだ何かを僕に手渡した。


「お土産だ。村の大事なものだよ」

「これは卵……」


 大きさからいって鶏の卵だろう。そうか、村には鶏がいるのか。


「ありがとう。ありがたくいただきます」


 こうしてカラとルアオは灯台を去って行った。


「あーあ。カラ達ともっと交流できると思ったのに」


 僕がそう愚痴ると、セドリックが僕の肩に手をやって答えた。


「なにもかも順調とはいきませんよ。相互理解は少しずつ進むものです」

「そうだね」


 とにかく一歩一歩先に進まなきゃ。

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