9話 意思疎通

 なぜだか僕達はお互い息をつめるようにしてじっとしていた。それから待つこと一時間。


「わっ!?」


 いきなり僕の前に小石が落ちてきて驚いた。

 一体どこから落ちてきたのかとキョロキョロとあたりを見渡す。


「あ! カラだ!」


 上を見あげると、少し離れた木の上にカラがいた。

 セドリックとラリサがさっとそちらの方に注目する。

 僕はカラに良く分かるように大きく手を振った。


「カラ! 僕だよ、アレン、アレン!」


 カラはじっと木の上から僕達を見ている。あれ? どうしたんだろう。もしかして警戒しているのかな。


「カラ、彼らは僕の仲間だよ!」


 直接カラにこの言葉が通じる訳ではない。だけどこないだみたいに何となく通じないかな、と思って叫んだ。

 するとカラはじっとしばらくこっちを見たあと、木から下りてきた。

 そしてガサガサと茂みが揺れて、カラが僕らの前に姿を現した。


「アレン……マエラ、レレイ?」


 まだ少し訝しげな顔をしている。


「セドリック、ラリサ、ちょっと離れていて貰ってもいい?」


 そう言って二人から僕は少し距離を取った。そして僕一人でカラに近づく。


「ちょっと待ってね」


 僕は胸元のペンダントをスライドさせて画面を出すとボタンを押した。


「ウエ、オレア、レナ、メア?」

「ん、と……」


 文字が出てきては消えていく。カラと会話する最適な言語を選んでいるらしい。

 カラの言葉がイヤリングに届いて、変換されていく。


「ウェ……お前、オ――……」

「あ……あーあー……カラ、こんにちは」

「タロファ――こんにちは」


 ペンダントと言語の同期がうまくいったらしい。【タロファ】はこんにちはのあいさつみたいだ。ペンダントがまた忙しく動き出す。


「カラ、今日は君と話したくてきたんだ」

「あたしと……? え、これは何だ?」


 カラは急に言葉が通じるようになって混乱しているようだ。

 とりあえずこのペンダントのことを説明しようか。


「これは互いの言葉を翻訳してくれる機械なんだ。ここでカラの言葉を聞き取って僕の耳に届いてる」

「へぇ……すごいのね」


 僕もそう思う。ルベルニアの魔道具でもこんな精巧なものは見たことがない。


「改めて自己紹介するよ。僕はアレン。アレン・キャベンディッシュ。ルベルニア王国セロン領の次期領主にしてこのセントベル島の領主だよ」

「なに、そのルベル……なんとかって」

「この島からずっと北にある大陸の国だ」

「……ふうん?」


 言葉は通じても互いの常識は違う。おそらくずっとこの島で生まれ育ったカラに大陸とか国とかは分からないみたいだ。きっと『領主』もわからないんだろうな。


「じゃあ、カラのことを教えて?」

「うん、あたしはカラ。ルアオとミラの三子」

「どこかに集落があるのかな?」

「うん。この山のあちらの方に」


 カラは西の方角を指差した。そして僕の背後のセドリックとラリサに目を移す。


「アレン、彼らは君の家族?」

「うーん……家族みたいに思ってるけど、僕の家臣だよ」

「家臣……?」

「僕に仕えているんだ」

「うん……?」


 またカラは困ったような顔をした。もしかするとカラの集落……先住民の社会では誰かに仕えるってことがないのかもしれない。


「仲間ってことだよ」

「そっか、彼らはアレンの仲間か」


 ようやっとカラにも理解ができたようだ。カラは二人に視線を送ると控えめに手を振った。


「二人にも自己紹介させるよ。ねぇ、ふたりともこっちに来て!」


 僕はセドリックとラリサを呼ぶと、それぞれ挨拶をさせた。


「こんにちは、お嬢さん。私はセドリック・フィッツグレン。アレン様の教育係です」

「わたしはラリサ・ファイアストン。護衛です」

「よろしく。アレンの仲間の人」


 カラは二人に向かって手を合わせて頭を下げた。これはお辞儀なのかな。


「これ、よかったらどうぞ」


 セドリックが包みをカラに渡す。カラはそれをおっかなびっくり受け取った。


「開けてもいい?」

「どうぞ」


 カラは包みを開く。中身はルベルニア本土から持って来た林檎が三つと芋、それから砂糖。

 食べ物なら貰っても困らないだろうとなけなしの物資から持って来たものだ。


「美味しそうな果物。見た事ない。この芋も。それから……砂?」


 カラは砂糖を見たことがないみたいだ。


「舐めてみて。甘いよ」

「ウッ……本当だ。不思議!!」


 カラは一口砂糖を口にしてびっくりしていた。


「魔法みたい! とけてなくなっちゃった!」


 紫色の大きな瞳を更に大きく見開いて、興奮した様子で僕を見あげた。


「はー、びっくりした。あなた達は一体なんなの? なにしにここに来たの?」


 ひとしきり驚いた後で、カラは僕にそう聞いた。


「えーと、僕はこの地を治めに来たんだ」

「んー?」

「あの……その……支配しに来た……なんか違うな……」


 僕はその質問にずばりと答えることが出来ない。僕は考えた。そして言葉を絞り出す。


「この島を開拓して、こういう色々な物や人が行き交うようにする為に来た」

「ほう……」

「その為にここに住んでる君たちのことが知りたい。できれば協力して欲しい」

「協力……」


 カラはじっと僕を見つめた。その目は僕が偽りを言っていないか見定めているかのようだった。


「それはあたしでは判断できない」

「うん。集落の人に聞いてみて欲しいんだ」

「分かった」


 カラは頷いてくれた。僕はほっと胸を撫で降ろす。


「あたし達には古い言い伝えがある。『海の向こうから来た人の声を聞けば助けになる』って」

「そんな言い伝えが……」


 だからカラも僕を過剰に警戒しなかったのかな、と思った。

 ここの先住民とは上手くやっていける気がする。


 僕は明るい未来の可能性を感じて、カラの顔を見つめた。

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