7話 ふしぎな道具

「こっちの方だよ」


 僕は二人の先頭に立って、山の中を進んだ。昨日の場所は僕がナイフで枝とかを切っていたからすぐに分かった。


「ほら、あれ」


 崖から身を乗り出して、僕は白い立方体を指差した。セドリックはそれを見てふうんと唸った。


「確かに人工物に見えますね」

「だろ? 下に降りてみたかったけど危ないと思って」

「賢明ですね。ほら、縄を持ってきました。そこの木に結びつけて降りましょう」

「うん」


 僕達は太くて丈夫そうな木に縄をしっかり結びつけると、それを伝って崖下に降りた。


「これだ」

「掘り出してみましょう」


 セドリックがナイフを手に土を掘り出した。そうして出て来たのは大人の手のひらより少し大きいくらいの箱だった。どう見ても自然に出来るものではなさそうだ。


「箱か」

「なにか建造物の端かと思ったんですけどね、アレン様」

「お館様、何がはいっているのでしょう?」


 ラリサがパパッと土を払う。


「うん、調べてみるから貸してくれる?」

「はい」


 ラリサから手渡された石の箱を僕は持ってみる。

 『修復』のスキルでこれが何か分かるはず。


「どうですか?」


 セドリックが好奇心を抑えきれない顔で覗き込んでくる。


「これは……箱だね」


 僕がそう答えると、セドリックはずっこけそうになっていた。


「なんですかそれ!」

「しょうがないじゃないか。これは何でもないただの箱だ」

「なんだ……」

「がっかりするのは早いって。この中、何か入っているみたいだよ」


 そう言うとセドリックの目がきらりと光った。


「では、早く明けてみましょう」

「うん」

「お館様、わたしに任せてください」


 ラリサは僕から箱を取り戻すと、ナイフの柄で思いっきり殴った。


「わっ……乱暴だよ」

「え、わたし何か間違ってます?」

「ちゃんと空ける方法があるって! 『修復』!」


 僕は修復のスキルを使った。光とともにラリサが入れたヒビも直っていく。


「ここのボタンを押して……ほら!」


 僕がほんの少し飛び出た突起を押すと、ぱかっと上部が開いた。


「おおーっ! ……なんですこれ」

「装飾品かしらね?」


 箱の中には綺麗な布が敷き詰められていて、その中央にはイヤリングとペンダントのようなものが収まっていた。


「あんまり見ないデザインだよね、ラリサ」

「そうですねぇ」


 少し微妙な顔でラリサも頷く。可愛らしい意匠もなにもないつるりとしたデザインにラリサはあまり惹かれてないみたいだ。そうだよな。これじゃまるで実用品みたい……ん!?


「ちょっとごめん!」


 僕は箱の中に手を突っ込んだ。そして『修復』のスキルを使う。


「うん……なんだって!?」


 僕はその装飾品から流れてくる情報の多さに驚いた。これはなんて言ったらいいんだろう……。僕は膨大な構造の情報からなんとかこの物の正体を探ろうとした。


「アレン様、大丈夫ですか?」

「セドリック……これは大変なものだぞ」


 ああ、魔力の使い過ぎで体がだるいし受け止めきれない程の情報が駆け巡って頭が痛い。


「どう説明したらいいのか……これは鍵だ」

「鍵?」

「この島にあるのか分からないけど、何かを使う権限みたいな。こんな道具見た事ないや」


 僕は経年劣化であちこちヒビの入ったそれをそっと摘まんだ。


「他にも色んな機能がある。……セドリック、これがあれば僕達は勝てるかもしれない」

「勝てる、ですか」

「うん、叔父様からセロン領と取り戻す。それが僕らの目的だろ?」


 今は雨風を凌いで日々の食糧確保が最優先の僕達だけど、いつかきっとセロン領を奪い返すのだ。僕が相続すべきあの地、ふるさとのあの場所を。


「とにかくこれを早く修復しなきゃ……」


 と、立ち上がろうとした僕はふらっとして尻餅をついた。


「お館様!」

「ちょ、ちょっと魔力を使い過ぎたみたいだ」

「大丈夫ですか。わたしに捕まってください」


 僕はラリサの手をとってふらつきながら立ち上がった。


「アレン様、とにかく今日のところは帰ってそれを直すのは後日にしましょう」

「うん」


 僕はセドリックの言葉に素直に頷いた。実は立っているのも限界なくらい気分が悪い。見た事もない理解できない道具の構造の情報が頭を流れていったので何か色々と一杯一杯になってしまったのだ。


 そうして、僕はセドリックとラリサに支えられながら灯台へ戻った。


「夕飯が出来たら呼びますから、横になっていてください」

「わかった。ありがとう」


 僕は大人しくベッドに横になった。じっとしていると、少しずつ吐き気と頭痛が収まってくる。


「……こんなの初めてだ」


 僕はベッドサイドに置いてある人形を手にした。それは道化が鞠をついているからくり人形。僕が『修復』のスキルの神託を神殿で受けてから、初めて直したものだ。


「これだって複雑な作りのはずなのに、こんなにならなかったよ」


 それだけじゃない。大きな灯台の魔法回路を直した時だって疲れたけど手に負えないって感じじゃなかった。


「こんな小さいのに」


 僕は箱の中の装飾品を見つめた。こんな小さな中に、未知の技術と情報が詰まっている。それに触れてみて分かった。


「でもこれがあれば」


 この島の開拓に絶対に役に立つ。

 僕はそう信じて、その装飾品を『修復』した。何度も吐きそうになっては中断して、完成したのは――三日後だった。

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