6話 気になるあの子

「ウエ、エテ、サウ、アイ!」

「えっと、えっと分かんないよ……」


 笑顔から、突然真顔になって早口でまくし立ててきたカラに、僕はなんて答えていいか分からなかった。


「あの、僕はここの領主なんだ。これからこの島を開拓していこうと思っている」

「ウェ?」

「通じる訳ないか……」


 僕はくるりと海の方を向いた。そして海辺の白い灯台を指差した。


「あそこに、いる」

「オトウナ、ウエラ、タマ」


 カラが頷いた。なんとなくこれは通じたみたいだ。


「オウレ、ウエラ、アフェアロア」


 やっぱりわかんないや。でも、カラの様子からあまり僕を警戒していないように見える。

 同い年くらいの子供だからだろうか?


「君はどこにいるの?」


 そう僕が問いかけたその時だった。ピィーッと甲高い音がした。僕ははじめ鳥の声かと思ったんだけど違ったみたいだ。

 その音にカラは反応して、足元のお面を拾うと身につけた。


「オレ、ア、トレ、サウ」


 僕の方を指差して何か言うと、茂みの中に潜っていく。


「えっと、ちょっと待って!」


 僕の制止も聞かず、カラはそのまま姿を消してしまった。


「なんだったんだ……」


 取り残された僕はしばらくぼんやりしてその方向を見つめていた。


「あれが原住民……いや、先住民って言った方がいいか」


 爪も牙も無かったし、いきなり襲いかかってくることも無かった。

 自分から名前を名乗ったカラからは理知的な雰囲気を感じたし、凶暴な原住民っていうのは噂が一人歩きしたとか、彼らに攻撃されるようなことをしたりしたんじゃないかな?


「すごい、会っちゃった」


 僕はふつふつと興奮が沸き上がってくるのを感じた。

 あのピーって音は笛の音かなんかだろう。ということはカラを呼んだ誰かがそんなに遠くないところにいたってことか。

 あーなんとか意思疎通ができたらな。


「あっ、やばい日が沈みかけてる!」


 僕はふっと海の方向を見てぎょっとした。


「やばいやばい」


 僕は慌ててバケツを拾うと、斜面を転がるようにして灯台に向かった。


「アレン様! どこに行ってたんですか」


 灯台に戻ると、しょっぱなからセドリックにしかられた。


「ごめん、具合が良くなったから水汲みだけでもしようかと」

「まったく、心配するじゃないですか」

「あ、ところで山羊は?」

「あっちです」


 セドリックが背後を指差した。そこには白い山羊が縄に繋がれて草を食んでいる。


「メエー!」

「おおっ」

「生け捕りは難しかったです」


 僕が山羊を見ていると、ラリサが自慢げにそう言った。


「ちゃんと雌山羊だ。これで毎朝新鮮なミルクが飲めるね」

「そうですね。さ、夕食の準備が出来ています」

「うん」


 この日は塩漬けの鹿肉のミルクシチューだった。


「平地の向こうには丘が見えました」

「へえ、じゃあ島はこんな形をしているのかな」


 僕はその辺に落ちていた枝を拾って地面にひょうたん型を描いた。


「おそらくそうでしょうね」

「一日で回れる方法はないかな」


 このままだと拠点を離れて野宿をしないと島の全容が分からない。


「それについては少し考えていることがあります。私に任せてもらえませんか」

「ああ、分かった」


 さすがセドリックだ。頭の回る彼に任せておけばきっと間違いない。


「あ、そうだ」


 僕はそこでようやっとカラのことを思い出した。

 どうしようかな、言ったらこの過保護な二人から怒られそうな気がする。

 けど島に暮らす彼らとはいずれ邂逅することになるだろうし、黙ってても仕方ないか。


「あのさ、僕ここの原住民に会ったんだ」

「ええっ?」

「お館様、なにもされませんでしたか!?」


 予想通り、セドリックとラリサは目をむいた。


「カスリ傷ひとつ負ってません!」

「どこで会ったんですか?」


 セドリックが食い気味に僕に聞いてくる。


「水場から少し上に上がったところに開けたところがあって……そこで女の子に会った」

「それで?」

「それが……全然言葉が通じなくて、その子の名前がカラっていうことしか分からなかったよ」

「そうですか……」

「あ、あとね。そこの崖下になにか人工物みたいなものが見えたんだ」


 僕は自分の手のひらを見つめた。あれに触れることさえできればきっと何かが変わる。


「明日みんなで行ってみない?」

「そうですね。その先住民にも会えるかもしれませんし」

「そうだよ!」


僕はもう一度カラに会いたい。彼女から聞いて見たいことが山程あるんだ。

 ……まあ肝心の言葉が通じないんだけど。きっとなんとかなるさ。



「べー!」

「はいじっとしてねー、べえこちゃん」


 翌朝、目を覚ました僕はいやいやをする雌山羊の首の縄を抑え付けながらボウルに乳を搾った。


「なんですか、べえこって。アレン様」

「え? 山羊の名前だよ。べぇべぇ鳴くからべえこちゃん」

「……壊滅的なセンスですね。それにしてもこの子は非常食でもあるんですが、名前とか付けない方がいいんじゃないですか?」

「うぇぇっ!? 食べるの? 山羊を? べえこちゃんを?」

「……なるべくそうならないように努めます」


 セドリックはちょっと呆れたようにため息をついた。ああ! そんな目で見ないで欲しい……。べえこはかわいいペットなんだ。


 今朝はべえこから採れたフレッシュなミルクと熟れたバナナ、それからビスケットを朝食にした。

 しっかり朝ご飯を食べて山に探索にいく為だ。


 そんな訳で翌日、午前のうちに漁に出かけてその日のうちの食料を調達すると、僕らはバナナと干し肉と水筒を持って山に入り込んだ。

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