5話 森の中での出会い
僕達は草地でお昼を食べると、来た道を引き返した。
今日の成果は椰子の実と山羊。それだけあっただけでも良しとしないとな。
「椰子って美味しいのかな」
灯台に戻ってさっそく、僕は拾ってきた椰子の実をおやつに食べてみることにした。
この固い外皮を割ればいいんだろ、多分。知らんけど。
「むむむっ、固い!」
僕はとりあえずナイフを突き刺してみようとしたが、思いのほか固くて殻はびくともしない。
「お館様、貸してください」
するとラリサが鉈を持って現われて、あっという間に三個の椰子を割ってしまった。た、たくましーい。
「中の水は飲めるそうです」
「ほー」
僕は恐る恐る口をつけた。ほのかに甘い味がする。
甘い物は久々だったし、喉も渇いていたのでごくごく飲んでしまった。
「で、この胚の部分を食べるんだとか」
セドリックが図鑑を手にしながらスプーンで中身をほじくっている。
白くてプルプルした部分もほのかに甘くて、僕達は少しだけ持って来た砂糖をかけて食べた。こっちの方が僕は好みだな。
「椰子の実はそのままでも売れそうだね」
この固い殻なら輸送にも耐えるだろうし、日持ちもするだろう。
「茶色く熟したものからは油脂もとれるそうですよ」
「じゃあいずれ加工場もいるなぁ」
セントベル島の恵みを現金化するめどが少し出てきた。僕は食べ終わった椰子の殻を小物入れにしようと思ってベッドサイドに置いた。
「へっくし! へっくし!」
翌朝。僕は朝からくしゃみが止まらなくなっていた。ラリサが僕の額に手を当てて難しい顔をしている。
「熱はないみたいですね」
「夜中に毛布を蹴飛ばして寝るからですよ」
「……へっくしょん!」
セドリックは本土から持って来た薬箱から風邪薬を一包とりだして僕に渡した。
「これを飲んで安静にしてくださいね」
「お館様、山羊の生け捕りにはわたしとセドリックで行きますから」
「ごめん……」
ああ、情けない領主様だ。僕はラリサとセドリックを見送ると、苦い薬をぐいっと飲んでベッドに潜りこんだ。
それからどれ位たったろう。喉の渇きを覚えて僕は目を覚ました。
「んー……薬が効いたみたいだ」
起き上がると、くしゃみは収まっていた。貴重な薬を使わせてしまって申し訳ない。
ベッドサイドに置かれた湯冷ましを飲むと、ぐーっとお腹が鳴った。
「バナナでも食べよう」
バナナは島の何処にでも生えていて、お腹にも溜まるし美味しいし、僕達は本土から持って来た食料にほとんど手を付けずに済んでいた。
「さて……このままゴロゴロしているのもなんだ」
二人には安静にしていろと言われたけれど、もうすっかり具合はいい。水瓶を覗くと底が見えていたので僕は水汲みに行くことにした。
「わっせ、わっせ」
二往復して水瓶を満たし、もう一往復と茂みに向かった。
「この上ってどうなっているんだろう」
沢のあたりにバケツを置いて、僕はふと上を見あげた。歩いて探索したのは海岸線に沿ってで、山の方はまだぜんぜん探索していない。
「日暮れまで時間もあるし、登ってみようか」
僕は道もない山の中を登ってみた。迷子になるのは嫌だから、行く道すがらナイフで葉を切り払ったり、木の幹に傷を付けたりして進む。
「わぁ!」
するとふっと木が途切れて見晴らしのいいところに出た。そこから下を覗くと、椰子の木と白い砂浜と海が一望できる。
「いいね、この辺を切り開いて保養所を作ったら素敵な眺めだろうな」
ついでに温泉でもあれば完璧だ。海に面した方に寝室を配置して、美しい朝日に夕日、星空を堪能できるようにしたい。
僕はしばらくそうして素敵なバカンスを妄想していた。
「現実は衣食住がようやくってところだけど」
僕はしゃがみこんでいた石の上から立ち上がった。
何って……もよおしたのだ。
「失礼します……」
誰も居ないのにそうお断りを入れて、僕は茂みで用を足した。
「ふー」
スッキリして戻ろうとした時、ふっと白っぽいものが目に入った。
「ん?」
足元は崖になっている。その崖の底の方に白い石が見える。僕がひっかかったのはその石が正方形に見えたからだ。
「あの石……人工物か?」
その石の他は土砂に埋もれて見えない。
「くそっ、触れられたら『修復』のスキルで何かが分かるのに」
崖の下に行ったらよじ登ってこられるかな……。いや一人の時に無理をするのはよくないかも。でも気になる。
そう思って僕は身を乗り出した。その時だ。
「ウア、エ、パウ!」
そう声がしてぐっと襟首を掴まれた。
「えっ?」
そのまま引き摺られて、僕は地面に後頭部をぶつけた。
「痛っ……」
今誰かの声がした。僕が怖々と目を開くと、そこには大きな黄色い目をした赤い顔がこちらを覗いていた。
「うあああああっ!?」
化け物だー! セドリックの言っていた原住民の話が蘇る。やばい、食われる!
「僕を食べても美味くないよ!」
僕は慌てて起き上がり、その化け物に向けて必死でナイフを突きつけた。
「ウア、エ、マウア?」
化け物は首を傾げた。そしてしばらく何か考えているような素振りをした後に、顔に手をやった。
「え、あれ……お面……?」
僕が化け物の顔だと思ったのは良く見たらお面だった。そしてその下からは……。
「か、かわいい……」
褐色の肌にぱっちりとした紫色の瞳、そして細かく編み込んだ銀色の髪が現われた。
――それは化け物なんかじゃなくて、僕と同じ年の頃の女の子だった。
「ウエ、エ、フー。ナエ、ハイ」
「やばい何言ってるのかわかんない……」
当り前だ。ルベルニア王国はずっとずっと北だ。誰かいたとしても言葉が通じるかは分からない。なのに僕はそれが予想外すぎて口をパクパクとしていた。
「オウ、カラ。カラ」
「ん?」
「カ、ラ」
その女の子は自分を指差して何度も
「もしかして名前? 君はカラって言うの?」
僕がそう言うと、その子はちょっと嬉しそうな顔をしてもう一度自分を指差して「カラ」と言った。
「ウエ、エ、フー……?」
今度は僕を指差す。ああ、僕の名前ってことか。
「僕はアレン。アレン」
「アレン!」
「そう!」
ようやくお互いの名前が分かって僕もなんだか嬉しくなった。
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