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第13話 僕は今日死ぬらしい 2

「藤崎さんが僕を助けるためにタイムリープをしてるだって?」


「僕を助けるために来た」藤崎はそんなことを笑顔の一つも見せずに言った。今も目の前の彼女は「そう」と僕の言葉に頷いている。


「……今日って何月何日だっけ?」

「7月4日」

「だよね。エイプリルフールはとっくに過ぎてるけど?」

「嘘じゃないから」


 藤崎はニコリともしない。


「突然こんなこと言われて、信じられないっていうのは判る。だけど、あなたが私のことを信じようが信じまいが、それに関係無く残酷な運命はあなたに訪れる」

「その残酷な運命ってのは、僕が今日死ぬっていう?」

「そう」


 藤崎があまりにも普段と変わらない顔でそう言うものだから、僕はつい噴き出してしまった。ここまで笑わずにいただけでも頑張ったと思う。


「……何?」

「ごめんごめん」


 眉をひそめる藤崎に笑みを殺しきれないまま謝る。


「でも、だって、藤崎さんが真面目な顔でそんなことをいうんだもん。なんだかおかしくって」

「笑い事じゃない!」


 一瞬、何が起こったのか判らなかった。少しして、目の前の藤崎が怒鳴ったのだと理解が及んだ。


「あなたの命がかかってるんだよ!? なのにそんな他人事みたいに!」


 再び彼女の口から怒号が走った。その声は、教室の隅に集まって歓談に華を咲かせるクラスメイト達が驚いて顔をこちらに向ける程のものだった。


「え、なに。喧嘩?」

「あの二人って仲良かったけ?」

「わかんない。二人で話してるとこは見たことないけど」


 ヒソヒソと、主に女子の集団からそんな声が聞こえた。


「ふ、藤崎さんっ……!」


 僕は慌てて、彼女に落ち着くようにと声を掛ける。


「…………」


 藤崎は何も答えなかった。けど、大きな声を出してしまったことを反省しているのかわずかに顔を俯かせていた。

 僕は、そんな彼女に何と言葉をかければいいのか判らなかった。

 

 そのとき、教室にチャイムが鳴り響いた。朝の会始まりの合図だ。音に遅れて、教室の前方ドアから先生が入ってくる。


「あ、ほら。朝の会が始まるよ」


 僕がそう言うと、藤崎はチラリと目を向けた。それから言った。


「……また後で、話はまだ終わってないから」

「あ、うん」


 藤崎が自分の席に帰っていく。その姿を目で追いながら僕はホッと息をついた。

 ……まさか、藤崎があんなに感情を表に出して大声を出すだなんて思ってもいなかった。そんな姿はこれまでに見たことがない。そもそも、藤崎にかかわらず中学に上がってからは皆が感情のコントロールに長けてきたのか、そういう姿を目にする機会もグンと減った。

 そんな中、同学年のなかでも一番大人びていると言っても過言ではない藤崎があんな風な姿を晒したことは驚愕だった。それはクラスの皆も同じなのか、朝の会が始まった今も、何人かのクラスメイトの視線を感じる。

 ……居心地が悪い。僕を見ても何も良いことはないぞ。僕だった藤崎がなんであんな風になったのか判らないんだからな。

 とはいえ、心当たりがないわけでもない。

 藤崎が僕に言った、冗談ともとれないアレだ。

「僕が今日死ぬ」

 どう考えても、そんなことを言われたら質の悪い冗談としか思えない。そりゃあ自分は絶対に死なないだなんて考えているわけではないけど、「今日死ぬ」と言われても現実感がない。なんなら、一週間後に地球は滅びると言われた方がまだ信じられる……こともないか。ともかく到底信じられるものではない。

 だが、どうしても、藤崎のあの時の表情が脳裏をちらつく。いつも涼しい顔をしている藤崎が、誰かに対してあそこまで感情をむき出しにしている姿を見たことがなかった。冗談を言っている雰囲気じゃなかった。

 もしかしたら……。そんな思いが頭の片隅に生じつつあった。

 おかげで、続く一時間目の内容は藤崎のことが気になって全く頭に入りやしなかった。

 

 一時間目の授業が終わるやいな、藤崎が僕の席にやって来て言った。


「……さっきはごめんなさい。突然大声を出したりして」

 

 藤崎が頭を下げる。


「いや、うん。そりゃあ驚きはしたけど、僕も悪かったし」

 

 言って僕も小さく頭を下げる。


「藤崎さんの話を嘘だと決めつけて、しかも笑っちゃったんだから。そりゃあ怒って当然だよ」

 

 そう言うと、藤崎は顔を上げた。


「じゃあ――」

「けど、」


 僕は先んじて、彼女の言いかけた言葉を遮る。


「藤崎さんの話を完全に信じたわけじゃない」


 そう前置きした上で僕は言った。


「だから、さっきの話を詳しく聞かせて欲しい。こんどは絶対に笑ったりしないから」

「わかった。……でも、授業休みだと時間が足りなさそうだから昼休みでもいい?」

「もちろん」


 そして昼休みになると、藤崎が僕の席にやって来て詳しい話を聞かせてくれた。


「――なるほど」


 藤崎の話が一段落して、教室の壁に掛かった時計を見るとすでに昼休みの半分が過ぎていた。


「藤崎さんの話をまとめると、藤崎さんは昔から一日だけを繰り返す不思議な力を持っていて、今日僕が死んでしまうということを知ったから、その力を使って何度も今日を繰り返してる。そういうことでいいんだよね?」

「うん」


 藤崎は頷いた。


「どう、私の話信じてくれた?」

「――正直に言うと、話を聞いても信じられない」


 僕は思ったことを正直に伝えた。


「藤崎さんが嘘をついて僕をからかってる風には見えないけど。ごめん。やっぱりそう簡単には信じられないな」

「うん。まあそうだよね。知ってた」


 藤崎は僕が彼女の話を信じてないことをさして気にしていないようだった。それから言った。


「だから、信じてもらえるように証拠を見せようと思う」

「証拠?」

「そう。間島くんの認識だと、私たちはこれまで全然話したことないよね?」

「うん」

「けど、私は繰り返しの中で何度も間島くんと話をしてきた。だから、あなたが思うより私はあなたのことを知ってる」

「それで、藤崎さんが僕に関することを言い当てようってこと?」


 僕の疑問に藤崎は頷いた。

 藤崎の考える証拠がどれだけ彼女の話を裏付けるものとなるかは分からないが、彼女の知る僕はどれだけの解像度なのかと好奇心が湧いてきた。


「いいよ。言ってみて」


 僕がそう言うと、藤崎が話し始めた。


「じゃあ――間島くん、最近はやってる異世界転生ものが好きでしょ」

「……そのこころは?」

「間島くんが今読んでる、その本もそういう系でしょ?」


 そう言って藤崎は、僕の机の中を指で指し示した。


「確かタイトルは『異世界に転生したも……」

「い、いいから! わざわざ声に出して言わなくていいから!」


 慌てて彼女の言葉を遮る。いきなり人の読んでる本の題名を読み上げるなんてひどい。朝の一件でただでさえ周りが僕たちのことを意識しているっていうのに。

 

「……まあ、合ってるよ。ほら」


 机の中から本を取り出し、ブックカバーを外して藤崎に見せる。


「けど、これは好きっていうか、今人気らしいからいったいどんな感じなのかなってちょっと気になって買ってみただけだから別に好きなわけじゃないよ」

「そうなの?」

「そうなの」


 そう言うと、藤崎は「ふぅん。そうなんだ。だから……」となんだか良く分からないことを言った。その姿を見ながら、僕は内心がっかりしていた。


「確かに本自体については合ってたけど、僕がいない間にこそっと本を見れば分かることでしょ?」


 ――この程度じゃ、まったく証拠たり得ない。

 そう言うと藤崎が言った。


「分かってる。ただ言ってみただけ。……そうだな、いくつかあるけどじゃあ次は……」


 それから、


「あ、最近人気のアイドルグループ好きでしょ」


 僕はそれを聞いてがっくりと肩を落とした。


「別に好きじゃないよ」

「え?」


 藤崎は僕の返事を聞いて驚いたようだった。


「アイドル好きじゃないの?」

「うん。別に。嫌いってわけじゃないけど、好きってわけでもない」

「なんで?」


 なんで? 

 そう聞かれても困る。好きにならないことに特別な理由があるほうが珍しいだろ。


「……藤崎さん、当てずっぽうで言ってない?」

「違うよ。だって、今日の朝、そのアイドルグループの歌の鼻歌歌ったでしょ? だからそれだけ好きなんだと思ったんだけど……」

「え、見てたの!?」


 確かに藤崎の言うとおり、今朝学校に来る途中で鼻歌を歌った。今流行のアイドルグループの曲だ。けどそれはよくCMで流れていて頭に残るメロディーだというだけで、好きなわけではないし、そもそも鼻歌を歌った時に周りには誰もいなかったはずだ。それに間違いはない。じゃあなぜ藤崎がその事を知っているのか。


「見たっていうか、知ってる。今日じゃないけど繰り返す中で前に歌ってるのを見たから」


 藤崎はそんなことを言った。


「……そう、なんだ」


 僕は恥ずかしさで一杯だった。


「でもそっか。アイドルに大して興味が無いなら頑張ってあのダンスを練習したのは意味がなかったのか……」


 ……ん、ダンス?


「藤崎さん、あのCMのダンス踊れるの?」


 呟くような藤崎の言葉に興味深い言葉を見つけて、思わず僕はそう聞いた。


「一応は。……自他共に認める下手なものだけど」

「ちょっと踊って見せてよ」


 鼻歌を聴かれた恥ずかしさを隠すためでもあったが、好奇心も相応に高かった。あのダンスを藤崎が踊っている姿を想像が出来なかった。


「え、やだ」


 藤崎はそれを断った。


「別に好きじゃないんでしょ? だったら見せる意味ないし」

「まあそれはそうだけど……」


 少し残念だった。純粋に踊っている藤崎の姿を見てみたかったんだけども。


「じゃあ、他に何かないの? 今のままだとまだ信じられそうにないんだけど」


 鼻歌を歌っていることを知られていることには驚いた。けどそれも、証拠というには弱い。今日でなくてもそれ以前に鼻歌を歌ったことはあったと思うし、もしかしたら自分でも気づかぬうちに学校で歌っていたりしたのかも知れない。それを聞いたことがあって言った、ということもゼロではない。


「ええとじゃあ……」


 少し考える素振りを見せたあと、藤崎は言った。


「占いのこと、間島くんはあんまり信じてないでしょ」

「あー……うん。それで?」

「朝のニュース番組でやってる星座占いとかそういう類いのものを、誰にでも当てはまりそうなことを適当に言ってると思ってるんでしょ」

「まあ、うん」


 それが何だというのか。第一、今まさに藤崎が言っていること自体がまさにそれだ。テレビの占いを本気で信じてるやつなんてこの歳になっていないだろう。そういったやり口のことを……


「で、そういう手法のことを」


 ――ええっと確か……


「プラシボ効果」


 ――あっ、そうだ。プラシボ効果だ。


「だと、間島くんは勘違いしてる」

「えっ」

「正しくはバーナム効果」

「あっ、そうだそうだった」

「うん」


 間違いに気づいて少し恥ずかしい。良かった、自分で言わなくて。なんだか分からないけどその二つで間違いやすいんだよな。

 そして驚いた。


「でも、どうしてそのことが?」


 藤崎は僕が何かを言う前から、僕の間違いに気づいているようだった。


「二回目だから」


 彼女が答えた。


「前に似たような話をしたときにそう言ってたから」

「僕が?」

「うん」

「……」


 僕の記憶では藤崎は勿論、ほかの誰ともそんな話をした憶えはない。だから、僕がバーナム効果とプラシボ効果を取り違えていることは誰も知っている筈がなかった。僕自身ですら言われるまで気づかなかった。なら、藤崎はどこでそれを知ったのか?


「どう?」

「うーん……どうって言われても……」

「言っておくと、繰り返しているからって私は何でも分かるわけじゃない。繰り返しの中で体験したことしかわからないの。間島くんが何を考えているか分かるのは、ただこれまでの反応から予測してるだけだから」

「……じゃあ、今僕は藤崎さんの話を信じてると思う?」


 言ってから、嫌な質問だなと自分で思った。けれど藤崎は臆することなく答えた。


「たぶん信じてない。良くて半信半疑」

「……それがどうしてかは?」

「それが分かってたら苦労してないよ」

「たしかに」


 僕は控えめに笑った。


「けど、」


 藤崎が僕を見る。


「どうしてかは分からないけど、間島くんは私に対して敵対心というか、そこまではいかないだろうけど反発心みたいな感情を抱いてるってことにはなんとなく気づいてる」


 驚いた。


「じゃあ、どうして?」


 藤崎の話を簡単に認めたくないという心の裏には、彼女に負けたくないという思いがあった。


「どうしてそれが分かってるのに、僕に話しかけてきたの?」


 そんな相手にわざわざ声を掛けるだろうか。


「そんなの、助けるために決まってるでしょ」


 藤崎は言った。


「自分の知ってる人が死ぬって分かってて、なのに何もしない訳にはいかない。例え、その人が私に対して何か含む所があったとしても、それは関係無い。私に出来る限りのことをする」


 分からなかった。彼女がどうしてそこまで本気になっているのか。本気になれるのか。

 けれど、それをバカにしたり邪魔をしてやろうという気持ちはなかった。だから、僕は言った。


「わかった。……信じるよ、藤崎さんの話」


 信じてみようと思った。

 テストで負けてるから、ライバルだからとかそんな理由で、彼女の話を頑なに信じない自分が急に小さく見えたんだ。


 それを聞くと藤崎は一瞬驚いたようか顔をして、それから言った。


「ありがとう」


 そう言って笑う藤崎は、いつもみたいな大人びた雰囲気ではなく、なんだか少し幼く見えた。



「ちなみに、僕は今日何が原因で死ぬことになってるの」


 好奇心からそう訊ねると、藤崎は言った。


「交通事故。車にはねられることになってる。それがトラックだったり軽自動車だったりと細かいところは毎回変わるんだけど」

「なるほどね」


 まあ健康体そのものの僕が死ぬといったらそういった外からの要因しかないだろうとは思っていたから、藤崎の答えた死因は驚くほどのものではなかった。


「死因以外に、時間や場所は分かってるの?」

「間島くん家のすぐ近くに信号のある交差点あるでしょ?」

「あ、うん」

「そこ」


 あそこか。藤崎の言う場所がどこか、すぐに頭の中で思い浮かべることが出来た。毎日、登下校の時に通る、移り変わりが早い信号のある場所だ。


「あそこか……ってか、僕の家、知ってるんだ?」

「まあね」


 それがどうした、とでも言いたげな視線を藤崎が向ける。

 ……まあそれも繰り返すうちに知ったってことか。


「……で、時間は?」

「時間はいつもばらばらで、決まったタイミングというわけじゃないの。ただ分かってるのは放課後にそれが起こるってことだけ」

「ふぅん……」


 死因と場所は固定で、時間は放課後のいつか。

「他には?」と訊ねると藤崎は首を横に振った。

 分かっていることはこれだけか……でも、これだけわかってれば――


「――じゃあ、放課後にその道を通らなければ良いだけじゃないの?」


 僕はすぐに思い付いたことを口に出した。場所が分かっているなら、そこを通らなければいいだけの話じゃないか。けれど、当然そのことに藤崎が気づいていないわけがなく、


「私も、もちろんそう思った」

「あ、そう。で、どうだったの? それは上手くいったの?」

「分からない。まだそれは試してないから」

「どうして?」


 分かっているのならなんで試してみないのか。

 藤崎は少し言いずらそうにしながらもその理由を答えた。


「……間島くんが私の話を聞いてくれなかったから。どうやっても、あの道を通ってしまって」

「それは……ごめん」


 僕のせいか。全く身に覚えのないことだが、なんだかそう言わなければいけない気がした。


「気にしなくていいよ。あのときは、後から考えて自分でも変だって思うことを口走ってたから」


 藤崎の言う「変なこと」とは何か気になるが、それに触れたら話が脱線してしまいそうで聞けなかった。


「うん。まあ、そのお詫び、ってわけじゃないけど今日は違う道を通って帰ることにするよ」

「そうして」

「ちなみに、藤崎さんが思う安全そうな道はあったりするの?」


 藤崎は毎回あの交差点で事故が起こったと言ったが、僕が違う道を通ればそこで何かが起こるという可能性もなくはない。


「まあ一応は」

「じゃあ今日はその道を使うよ」


 僕が言うと同時にチャイムが鳴り、それで昼休みが終わった。


「それじゃあまた放課後に」


 そう言って藤崎は自分の席へと帰っていった。

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