第7話 彼女は未来がわかるらしい 1

 この日の朝、目覚めが良かったのと朝の星座占いで一位だったこともあり、少し浮かれていた僕は横断ほどの手前で信号待ちをしながら鼻歌でも歌おうとしていると、


「――間島くん」


 背後から声が掛かった。ビクッと肩が跳ねる。

 後ろを振り返ると、


「ふ、藤崎さん?」


 そこには制服姿の藤崎華が立っていた。

 彼女はうんともすんとも言わない。ただ、なんだか鋭い目を僕に向けている気がする。……怒ってるのか?

 

「あの、どうしたの藤崎さん?」


 彼女を怒らせるような何かをしただろうか? 自分の記憶を思い起こすが、当然そんな記憶はない。なんせ、彼女とまともに話したことがないのだから。

 藤崎は何も言わないまま、僕の横に並んだ。

 ……まあいいや。気まずいから先に行こう。

 横断歩道を今度こそ渡ろうと右足を動かすと、僕の身体が後ろに引っ張られた。


「な、何!?」


 見れば、藤崎が僕の鞄を掴んでいた。

 彼女は僕が横断歩道の先を指さして言った。


「信号。赤に変わってるから」


 言われて見ると、確かに横断歩道の信号が赤に変わっていた。


「――あっ、本当だ……」


 そういえばこの信号は切り替わるのが早いんだった。

 それから藤崎が鞄を掴んだ手を離した。


「ごめん、ありがとう……」


 藤崎はそれにも何も言わなかった。そして僕たちは二人並んで信号を待つことになった。 ……やっぱり気まずい。

 こういうときは何か適当な話題でも話すものじゃないのか。第一、最初に話しかけてきたのは藤崎だ。彼女が僕に声を掛けたりしなければ僕は横断歩道を渡れていたし、こんな気まずい空気に巻き込まれることはなかったのに。

 この空気をどうにかするには僕が何か話題を振るしかない。そう思っていると藤崎が先に沈黙を破った。

 

「……間島君」

「え、なに」

「……今日あなたの身に、よくないことが起こる」

「へぇ」


 僕は適当に相づちを打った。


「そうなんだ。じゃあ気をつけるようにするよ」

「…………」


 藤崎は不満そうに僕を見た。それに構わず僕は言った。


「藤崎さんは、何座?」

「……おとめ座だけど」

「そうなんだ。じゃあ、藤崎さんも今日はあまり良い一日じゃないかもね」

「どうして?」

「僕が見たテレビの星座占いではそう言ってたから」

「……」


 彼女は呆気に取られたように何も言わなかった。


「あ、ほら信号変わったよ」


 僕はそう言って、先に横断歩道を渡った。

 なんだから彼女を言い負かした気分で、少し気持ちよかった。テレビの占いもまんざら嘘っぱちでもないのかもしれない。

 藤崎は少し遅れて僕の後に付いてきた。


「……私の言ったこと、信じてないでしょ」

「うん、そりゃあね。僕は星座占いなんて信じてないから」


 あんなのはただの運試しのようなものだ。確かに今朝見た星座占いで僕の星座が1位で少しだけ「やった」と思ったことは否定しないが、それだけだ。


「違う。星座占いなんかじゃない。今日、本当に間島君には不幸な事が起こるの。……だから今日は学校なんか行かないで、このまま来た道を引き返して今日一日ずっと家の中にいた方がいい」

「――そんなことしたら親に怒られるよ」


 藤崎はニコリともせず、真剣な表情で僕を見ていた。それが少し怖かった。

 それで少しは話を聞いてみようという気になり僕は訊いてみた。


「……じゃあ教えてよ。僕に起こるっていうその不幸な事の内容を」


 しかし、藤崎はまたも答えなかった。少しの間を置いて、ただ一言「言えない」と口にした。

 僕は溜息をついた。


「……藤崎さん、そういう誰にでも当てはまるような曖昧なことだけ言って、後になってそれっぽいことが起こったら占いが当たって言うやつのこと何て言うか知ってる? そういうインチキ占いはプラシボ効果……じゃなくって……ええっと。あれ、何だっけ……」

「バーナム効果」

「そう、バーナム効果。だからそんなことは…………って、知ってるの?」

「うん」

「そ、そうなんだ」


 急に恥ずかしくなってきた。偉そうに言っておきながら名称を思い出せず、更に藤崎がそのことを知っているなんて。


「なら、さっき藤崎さんが言ったことがまさにそう言う事だっていうのは自分でも分かってるだよね」

 

 彼女は頷いた。


「だったら、僕に信じて欲しいなら、その『よくないこと』っていうのを具体的に教えてよ」

「それは……ダメ」

「どうして」


 彼女はかたくなにその内容とやらを教えてはくれなかった。


「……だったらせめて、藤崎さんの話が嘘じゃないっていう証拠を見せてよ。何でもいいからさ。そしたら少しは信じられるかもしれないから」

「証拠……」


 彼女は口の中でそう呟くと、それから言い始めた。


「――今日、同じクラスの高橋くんと福原さんは欠席。理由は二人とも風邪。先生は皆に『風邪に注意するように』と言う。それから一時間目の数学の授業では、大古くん、中島くん、高木さん、藤堂さんの順で前に出て問題を解くように指名される。中島くん以外の皆はその問題に正解する。二時間目の授業では、藤田くんが居眠りで注意される。それと先生がチョークを二回落としてしまって、途中で替えのチョークを取りに行く。その間に成田くんが皆を笑わせようと変なことをして、隣の教室の先生が注意しにくる。三時間目の授業では――」


 藤崎はそうして、今日の午前中に起こる「予定」とやらを次々に並べ立てていく。。

 思わず面食らった。


「ちょ、ちょっと待って!」

「何?」

「……そんなに一気に言われても、覚えられない」

「そう。じゃ、後で紙に書いて渡すから」


 そう言って藤崎は僕の先を歩き始めた。僕はまだ圧倒されたままでその場からすぐには動き出せなかったが、「学校、行かないの? それならそれでいいけど」と藤崎が振り返って言ったのがきっかけで動き出し、彼女の後ろを追った。


 学校に着いて自分の席に座ると、言った通りに藤崎は破ったノートにさっき言った「予定」を書いて渡してきた。

 それに目を通している間に、教室に先生が入ってきて朝の会を始めた。出欠の確認の為、次々とクラスメイトの名前が呼ばれていく。

 そしてそれが高橋くんの番になるが、先生の点呼に答える声はなかった。 それから先生は思い出したように、

「ああ、そうだ。朝連絡があったが高橋は今日風邪で休みだ。それと、福原も風邪で欠席だ。他のクラスでも数日前から風邪の生徒が増えてるみたいだから、しっかりと手洗いうがいをして気をつけるように」

 と言うと、それから出欠確認を続けた。


 僕は手元の紙を見た。

『高橋、福原が欠席。風邪。先生がクラスに忠告』

 そこには藤崎の小綺麗な字でそう書かれている。彼女の最初の予言は的中した。

 思わず彼女の座る席に目を向けると、藤崎と目があった。彼女は「どう?」と言いたげな表情をしていた。なんだか少し悔しい。

 確かに二人は欠席した。だが、それだけで彼女の言うことが全て正しいと確証を得るには弱い。それくらいのことなら、昨日の二人の様子などを見ればある程度は予想がつくことだ。


 それから朝の会が終わった。

 紙を見る。次に書かれた予言は「一時間目。大古、中島、高木、藤堂の順で指名。中島だけ不正解」というものだった。

 そして、それはその通りに起こった。書かれた順に先生が指名していき、見事に中島だけ不正解となった。それから続く三時間目、四時間目も藤崎が紙に書いた予言は全てその通りに実現した。藤崎が書いた紙には事細かに未来が記されていて、三時間目の先生がいなくなった間に成田が言ったことやったことが一言一句そのまま書き起こされていた。

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