第3話 彼女は異世界転生者らしい 2


 昼休みになると、今度は僕から藤崎に話しかけていた。


「藤崎さん、朝の話のつづきなんだけど――」

「座って」


 藤崎は、彼女の前の席を僕に勧めた。

 別にそこは藤崎の席ではないのだから彼女が勧めるのもおかしな話だが、「じゃあ……」と僕は藤崎の向かいの椅子に腰を落ち着けた。


「それで朝のつづきなんだけど……一応確認するけど、本当に藤崎さんは異世界転生者なの?」

「そう言ったでしょ」

「……ふぅん、そう」


 これは念の為の確認だ。もしかしたら、「いや、あれは冗談」と言って笑ってみせるかと思ったが、目の前の彼女にその気はないらしい。

 まあ、いい。そっちがあくまでそう言い張るなら、僕にも考えがある。僕は腰に手をやり、


「じゃあ、証拠を見せてよ」


 と、伝家の宝刀を抜いた。

 少し大人げないかとも思ったが、構わず抜き放った。

 小学生の頃、誰かが他愛のない冗談を言うと決まって誰かがそう言った。それを言われると、冗談を言った子は目に見えて勢いを失い、急に場が白けることが多々あった。この言葉はそれほどの破壊力を持っている。だからこそ、慎重に扱わなければいけない代物なのだが、僕は構わずそれを藤崎に突きつけた。


「そう言うからには、何か僕を納得させられるだけの証拠があるんだよね?」


 これは戦いなんだ。勝負を挑んできたのは藤崎。手を抜いてやる必要はない。僕のフィールドである学業で負けているんだ、これ以上他のところで負けるのは我慢ならなかった。


「証拠……」


 藤崎はそう口の中で言葉を転がしている。予想したとおり、藤崎は僕の無理な要求に困っているようだった。

 ……流石に容赦なさすぎたか? もしかして、やっぱり藤崎は話のきっかけとして冗談を言っただけだったんじゃないか?

 真剣な顔で悩む藤崎を見て、僕の内にそんな思いが湧いてきたときだった。


「……間島くんは、私がどんな証拠を見せたら納得するの?」

「え」


 彼女は問いに対して問いで返してきた。


「どうしたら私のことを信じてくれるの?」

「ええっと……」


 今度は僕が困った。

 僕の筋書きでは、証拠を見せるように要求された藤崎はそれに困って「ごめんなさい。やっぱり嘘を言ってました」と白状するはずだった。だが、彼女は僕に「どんな証拠を見せればいいのか」と逆に問い返してきた。異世界転生者である証拠って、一体何だ?

 腕を組んで、頭を捻る。ほんの数秒考えて、答えが出た。


「……そりゃあ、やっぱり転生者らしい力を見せてもらわないからには」


 そうだよ。簡単なことだ。異世界転生者だっていうなら、なにかしらギフトとでも言うのか、並外れた力を一つや二つ持っているはずだ。


「目に見える形だと一番分かりやすいよね。……それこそ、火を起こす魔法とか。そういうのがいい」


 自分で言って恥ずかしくなる。

 火を起こす魔法? そんなものあってたまるか。

 さて、藤崎はどう返してくるのか……。


「それは……ちょっと」

 

 ほれ見ろ。


「火は目立ちすぎるから」

「ああ、そう」


 そういう理由なのか……。


「じゃあ、どんな力なら見せられるの?」

「ええっと、う~ん……」


 藤崎は困ったようにうんうんと唸った。しばらくそうしていると、


「……やっぱり、証拠を見せないとダメ?」


 上目遣いにそう訊いてきた。その目力に押され気味になりつつも、僕はきっぱりと断った。


「だめだよ。藤崎さんから言い出したことなんだから」

「そう……」


 そう言って、藤崎は肩を落とした。

 僕に論戦で負けたのがそんなにショックだったのだろうか。

 彼女の気の落としように、本当なら藤崎に初めて勝ったことを喜んでもいいはずなのにそんな気分にはなれなかった。

 肩を落とす藤崎。それを黙って見る僕。何か気の利いたことを言えればよかったのだが、なんにも思い付かなかった。ただ時間だけが流れていく。

 そして、チャイムの音が僕たちの間の沈黙を破った。


「あ、じゃあ僕は戻るね」


 助かった、と僕は席を立つ。これ以上、絶妙に気まずいこの空間に耐えられる気がしなかった。藤崎はそれには応えなかった。なにか考え事をしているようにも見えた。



「――それじゃあこれで帰りの会を終わりにする。気をつけて帰るように。部活に行く生徒は怪我しないように気をつけろよ。はい、じゃあさよなら」


 それから午後の授業が終わり、担任の先生の声で帰りのホームルームが終わると教室内は喧噪に包まれた。

 僕は席に座ったままチラリと藤崎を見た。彼女は席に座ったまま、やはり何か考え事をしているように見えた。午後の授業中もずっとそんな感じだった。そんなに僕に論戦で負けたことがショックだったのだろうか。それとも、今度は別の論題をぶつけようと考えを巡らせているのだろうか。彼女の表情からは、何を考えているの読み取れない。

 僕は彼女から視線を外すと、学校を後にした。


 家の近くまできて、信号待ちをしながら思う。

 藤崎はどうしてあんなことを言ってきたのだろう。今日の藤崎は、普段の彼女らしくなかった。なにか語れるほど彼女について知っているわけではないが、それでも今日の様子は変だと言えた。いつもの藤崎なら「異世界転生者だ」なんて馬鹿げたことは口にするはずがないということは僕にだってわかる。やっぱり、何か裏があるんだ。

 けど、それがなんなのかまでは分からない。

 気がつくと信号が変わっていた。


「……まあいいか」


 きっとこれ以上考えても答えは出ない。それに、何か大切なことがあるならいずれ藤崎の方から話してくるはずだ。僕はそれを待ってればいい。

 僕は止めていた足を再び動かした。

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