第6話:現実からの脱却

奈津実も友隆も日に日に迫る運命の日を指折り数えて過ごしていた。彼は地元の難関進学校に、彼女は地元の進学校にそれぞれ進むことになっていた。ただ、2人とも志望校に合格する自信は今の時点ではなかった。彼にとっては親のために決めた進学先、彼女はやりたいことがあったが、そのためには学歴を必要だろうということで、有名大学への進学や有名企業への進学率の高さから決めていた。しかし、彼女はそのレベルに自分が達しているのか?仮に合格しても授業について行けるのか分からなかった。もちろん、彼女にとっては1つのチャレンジだったが、今の現実を見ていると不安しか残らなかった。


一方、友隆は他の同級生よりも半年早く部活を引退し、受験に専念していた。ある日、そんな彼に問題が発生する。それは、成績は以前よりは良くなったが、今度は模試の結果が思わしくなく、合格判定にも大きな影響が出始めていた。そこで彼は初めて自分が本番に弱いことを知ったのだった。彼は幼稚園の時に受験をしたが、筆記が悪く、面接でもうまく話せず、なんとかやりきって幼稚園にはギリギリ入れたが、やはりコミュニケーション力はあまり高くなかったため、誰かに助けを求めるのも下手だったこともあり、毎日のようにトラブルが続発していた。そんな彼にも一時期は周囲から好かれることが多かったが、ある日を境に彼の周りから人が離れていき、いつも遊ぶほど仲の良かった男の子もある日を境に彼の元を去ってしまったのだ。彼には何が起きているのか分からなかった。すると、彼が幼稚園に入ってから敵対視されていた翔平君という男の子がいたが、その子が関係しているのではないかと疑問を持った。そこで、彼の周辺にいる同じクラスの子たちに聞いてみると、彼が敵対視している理由が分かった。それは、彼の祖父が院長を務めている病院の外科に勤める医師の子供だったのだ。つまり、友隆は上司である部長の子供、翔平は彼の父親の病院に従事する医師の子供ということになる。


 彼が、友隆を敵対視したのにはある訳があった。それは、翔平の父親が直属の上司である外科部長から不当なパワハラを受けていたことが報告されていたが、祖父に頼み込んで院長権限でもみ消していた。理由は普通では考えられないような物だった。そのパワハラの発端になったのは外科部長が配属当時からお気に入りの医師と研修医がいたが、この2人よりも担当人数が翔平の父のほうが多く、指名で受診する患者さんもいた。しかし、そのことが気に食わなかった上司が、患者と翔平の父の信頼関係を崩そうと企んでいたのだ。そして、信頼を崩した後、彼の父親をグループ病院に左遷しようとしたのだった。仮にグループ病院に左遷されると単身赴任となり、彼の父親とはなかなか会えなくなる。その話を両親がしていた時にリビングの入り口で聞いてしまった。この事を聞いてさみしくなったのだろうか、彼を敵対視して、悪口を彼の周辺にいる子たちに吹き込んで印象を悪くしていたのだった。


 彼にとっては自分がやったことは分かっていないだろうが、精一杯の嫌がらせなのだろう。彼らにとっては大好きなお父さんが悲しそうな顔をして家に帰ってくる姿を見ていて、辛かったのかもしれない。ただ、どのように逆転現象が起きたのか分からないが、友隆の父親の耳に入ると自らの父親の仕事に悪影響があるということはこの時知る事はなかった。


 そして、友隆と翔平はそのまま小学校に入ったが、友隆は周囲となじむことが出来ず、毎日孤独と闘っていた。そんなときにテストで悪い点を取ってしまった。とは言っても、95点という高得点だが、両親からは100点以外は悪い点数だと言われてきたため、テストを隠すべきか、捨てるべきか悩んでいた。ただ、彼の学校は全て両親に報告することが学校の全ての科の規則として明記されていて、初等部は全学年の統一ルールでもあった。そのため、自分では良い点数だと思っている。しかし、不安が先行しているため頑張ってテストを持ち帰ることにして、両親からの説教を覚悟した。その夜、父親は夜勤だったため、母親に見せた。すると、今までと反応が違っていた。「友隆頑張ったね!お母さん嬉しいよ」と言ってきたのだ。実はまだ園児だった弟と妹が自分の学力を超えてきた。この時、兄である友隆の自信を失わせてしまうのではないかと母親が心配したのだった。もちろん、父親がこの成績を納得してくれる訳はない。ただ、家庭内にその功績を認めてくれる人がいるだけで安心できた。今度は良い成績を取らないといけない。と決心した。彼にとって良い成績を取ることで得はたくさんあるが、友達を失いたくないという反面もあった。友隆は小さい身体で大きな葛藤と闘っていた。

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