第5話:愛を求めて
中学生になって2ヶ月が経ったある日の事だった。父親の姉が家を訪ねてきた。実は父親は兄や弟ばかりを可愛がり、彼女や妹たちには目もくれない日々が続いていたからだ。そして、毎晩のように家の中から怒鳴り声が聞こえる事や子供の泣き声が聞こえる事も以前より増えていた。家族を心配した近所の人が児童相談所に連絡して、同時に児童相談所から区役所の児童福祉課にも連絡が行っていた。その後、緊急連絡先になっていた父親の姉に連絡が行ったのだ。奈津実は家のことから学校での勉強と部活、妹たちの世話もしていて自分の時間を作ることは出来なかった。その結果、彼女は精神的に追い詰められてしまい、学校に行けなくなってしまったのだ。姉と同様に妹たちも父親を怖がるようになり、父親に近づかなくなった。そこで、休日に子供たちを連れ出して、少しでも気持ちが前向きになって欲しいと思ったが、彼女と妹たちは一向に前向きな感じを見受けられなかった。そこで、兄に彼女たちのことを聞いてみると、やはり姉の弟に対する嫌な予感はあたっていた。実は父親もシングルファザーの家庭で幼少期を過ごしていた。そして、姉とは血縁関係はなく、母親も違う。そんな幼少期を送ってきた父親にとって奥さんと出会ったことで少しは丸くなっていたようだが、やはり最近は様子がおかしかった。というのは、奥さんが出て行っても追いかけることもなく、子供たちに対しても温度差をつけて向き合っていることからも姉は少し心配になり、気にかけていたのだが自分自身も忙しかったため、なかなか連絡をする事が出来ていなかった。やっと、様子を見に来たところで最悪の事態は避けられたが、今後はどのようにするかを検討しなくてはいけない。
そんな状況だった。
彼女の父親は国立大学の経済学部、母親は国立大学の法学部を首席で卒業している。だからだろうか、成績の良くない奈津実に対して多少なりとも怒りを感じていた。
一方の友隆は両親が教育熱心でよく両親から「あなたが長男なのだからきちんと弟や妹に背中を見せてあげて」と言っていた。そのプレッシャーからだろうか彼は机の前に高く積まれている参考書を見るだけで吐き気に襲われることもあった。彼は少し嬉しい気持ちもあったが、どこか悲しい気持ちも同居していて、心中が複雑だった。両親も父は国立大学の医学部を卒業し、母も国立大学の薬学部を卒業している。つまり、世間一般からすると“サラブレッド”というイメージを持たれる。そして、そのイメージは弟や妹の通っている小学校でもイメージとして定着していて、「毎回良い成績を取っても当たり前だ」という目を向けられて、彼ら・彼女たちも困っていた。当然その波も友隆に対しても例外なく襲っていた。しかし、彼の中で学校の成績がテストをやる毎に下がっていき、1年生の中間考査は学年トップだったのが、次の期末考査では1位とは20点差の2位、2学期の中間考査では1位とは40点差の10位と成績不振が続いていた。さすがに担任の先生もかなり心配になっていた。なぜなら、彼には国立大学の医学部に入りたいという夢があったのを知っていたからだ。おまけに、父親は大きな総合病院の部長で次期院長候補といわれるほど手腕も信頼も周囲からは得ていた。そのプレッシャーだろうか、周囲からもかなり期待されている事は知っている。しかし、その期待に応えられない今の自分が許せず、彼は勉強や世間体に嫌気が差してしまい、自傷行為などに走りかけるほど心身共に追い詰められていた。もちろん、彼は自傷行為など自らの身体を傷つけてしまうことはいけないし、やってはいけないことだということは分かっている。実際、成績が落ちたことで両親ともぶつかるようになり、塾も以前のように行く気になれなかった。そんな状況でもライバルたちは刻々と戦場に向かう準備をしている。それはまるで、狭き門をくぐる兵士のようだった。お互いを数字で判断し、その数字が高い事が素敵なことのようになっていた。しかし、彼は成績が悪いことは兄弟からも指摘されていたため、申し訳ない気持ちになっていた。
成績の良かった兄弟たちに対する反応と成績の少しずつ下がっている友隆に対する反応でかなりの温度差を感じるようになった。彼は高校から医師を目指すために同じ地域にある難関校に進学を希望していたが、今のままでは入学はおろか医師になるための夢を捨てなくてはいけないほど成績が悪いと両親のご機嫌伺いを立てながら暮らさなくてはいけないことがとても苦痛に感じていた。この時彼は両親からの愛情がいきなり途絶えたと感じ始めていたことが自らの身体にボディーブローのようにじわじわと襲っていた。そして、彼は学校にも家にも居場所を失いかけていた。いったい愛情とは何なのか彼は理解が出来ないほどに弱っていったのだった。
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