百合を読もう~SSまとめ~

月並海

ポッキーの日~芽衣と夕季子~

 今年も残り2か月を切って急激に季節が冬めいてきた。ついこの間まではブレザーはおろか、カーディガンも着ないでワイシャツだけで下校しても平気だった。だけど、今日は朝から寒かったのでお気に入りの紺色のカーディガンを着てきた。それでも5時過ぎの気温は堪える。

「うーさむうい」

隣を歩く芽衣が口の前に両手を合わせて呟く。彼女はブレザーもベージュのカーディガンも着た上にもうタイツまで履いていて、それで冬越せるの?なんて心配してしまうほど寒がりだ。

「そういえば今日ポッキーの日だね」

「あ、忘れてた」

スマホを見て今日が何の日か思い出す。そういえば学校でクラスの女子たちがポッキーを配っていたような。私も芽衣もそういう記念日みたいなのに無頓着なので全く気付かなかった。

「私寒いからポッキーより三角チョコパイがいい」

芽衣の提案に、わかると瞬時に相槌を打って私たちは駅前のマックへと向かった。

 店内には私たちみたいな学校帰りの高校生からサラリーマンまでいてそこそこ混雑している。

「私買ってくるね。夕季子は席とっておいて」

私は渡された芽衣のリュックと自分のカバンを持って唯一空いていたテーブル席に座った。

スマホをいじっていると芽衣からラインが来る。

『チョコパイ黒?白?』

『芽衣が食べない方』

2人で寄り道するのが日常になってから半分こするのが普通になった。どうせ数時間後には夕飯を食べるわけだし色々味見できるし、お腹にもお財布にも優しくてこの習慣は結構気に入っている。それでも芽衣はいつも私にどちらが食べたいか聞いてくれる。そういう親しき仲にも礼儀あり、みたいな距離感でいられるから芽衣の隣は心地いい。

 しばらく待っていると芽衣がトレーを持って帰ってきた。

「夕季子おまたせー」

「ありがとー、ってなにそれ」

「なにそれってポテトだけど」

トレーの上にはチョコパイのほかにポテトのSサイズが。

いや見ればわかるよ、なにそれっていうのはなんで夕飯前なのにお腹に溜まるポテトを買ってきたのかってことで、と喉まで出かかった。

「揚げたてでいい匂い嗅いだら食べたくなっちゃったんだもーん」

そう言って芽衣はポテトを摘まむ。

 確かに2つのチョコパイと並んだ黄色い揚げ物は香ばしい匂いがして食欲をそそる。甘いものを食べた後にはしょっぱいものが食べたくなるのが世の常だ。

 私は210円を芽衣に渡してポテトに手を伸ばした。

「うまっ」

ふふんっと効果音が付きそうな得意げな顔をする芽衣。悔しいが揚げたての魅力には敵わない。

「ポッキーの日なのに食べてるものはポテトって色気ないねえ」

「細長いのは一緒だし問題ないよ」

違いない、私は心の中だけで呟いてチョコパイに手を伸ばす。

 パイのサクッとした触感とトロっとしたチョコレートの甘さが癖になる。

 黒を半分食べて芽衣に渡すと、半分になった白が渡される。彼女が回し食べが嫌いじゃなくて本当に良かった。

 白の半分も食べ終わると満腹感を感じてくる。でもやっぱり口は塩味が欲しくてポテトに手を伸ばそうとすると、

「はいあーん」

と芽衣がポテトを私に差し出している。

 たまに芽衣はこうやって私に手ずから食べさせたがる。最初のうちは戸惑って恥ずかしがったりしたが、食べるまで笑顔で食べ物を差し出し続ける彼女にいつしか諦めを覚えた。学校ではやらないのがせめてもの救いである。

「……あーん」

大人しく口を開けてポテトを食べる。私が好きなふにゃふにゃのポテトだ。嬉しくて頬が緩む。私が食べている間も芽衣はニコニコだ。

「芽衣は可愛いんだからこういうことすると勘違いされちゃうからね」

やっぱり恥ずかしくなって、照れ隠しに説教臭いことを言ってみる。事実、芽衣はモテる。細くて小柄な見た目と男女分け隔てなく接する天真爛漫な性格の彼女を男子が好きにならないわけがない。私が男子なら好きになっている。

 私の説教に芽衣は笑顔を崩して目を細める。

「だいじょーぶ、夕季子だけだから」

この流れもお約束だ。特別扱いって勘違いしそうになるからやめてほしいけど、それを本人に言うのも自意識過剰甚だしいから言ったことはない。

 話題を変えたくてスマホを見れば6時前。芽衣の門限は7時だからタイムリミットだ。

「そろそろ時間だし帰ろっか」

そうだね、と言って芽衣が立ち上がる。スカートにおかしな折れ目がないかを無意識に確認するのも今ではもう習慣だ。

 外に出れば空は真っ暗で一際冷たくなった空気に身震いする。

 冷えた手を徐に温い体温が包んだ。芽衣の手だ。芽衣の温い掌から私の冷たい指先へゆっくりと熱が流れていく。しばらくすれば温度は一緒になる。それでも芽衣は私の手を離さないでいてくれる。そうしてようやく私は芽衣の手を握り返せる。

 私は帰り道の間ずっと、まだ始まったばかりの冬が終わらないことばかりを祈った。


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