異世界紀行

第9話蕎麦の村

 一夜明けて聖都ノーリアス周辺の農村地帯の一つ、ノイエ・ジーラ村。

 すげえ宇宙世紀感あるが、元々ジーラという町が王都ロンディウムの近くにあってそこから移住した人間たちが主体となって開拓した村だ。ノイエはドイツ語で新しいって意味。ニューヨークと同じネーミングだな。

 名産品は蕎麦。名物はガレットだ。分かりやすくいうとそば粉のクレープ。

 当座の小細工と資金や物資を調達し、ノーリアスから脱出した俺達が向かったのがこのノイエ・ジーラ村だった。

 この村はヴォーディガン軍のまだ略奪を受けていない、王都ロンディウムへの街道沿いの村なので一見するとのどかな農村なのだが、ノーリアスでのクーデターの情報はもう伝わったらしい。あくせくと農作物を収穫したり農地を焼き払う農民やノーリアスから避難してきたらしい市民の姿が目立つ。

「ニャルよ、まずは腹ごしらえをしたいの!」

「その前に行くところがある」

 クレープガレット論争なんか話すんじゃなかったと後悔しつつ、馬車をノイエ・ジーラ村の教会に向ける。

 ハスターは既に舌がガレットなんじゃーだの隣の村にも行ってクレープとジャガイモのガレットも食べ比べするんじゃーだのと喚いているがここで教会を無視すると後でしっぺ返しを喰らうのでちょっと黙っててほしい。本当にこいつ俺(メレアガンス)より上の神格なのか?という疑惑は脇に置いておく。

 ノイエ・ジーラ村の教会の前に馬車を停めると比較的傷の浅い僧兵が近寄ってきた。

「聖騎士様ですか?失礼ですがお名前と所属をお願いいたします」

「聖騎士クリフォード・トーチ、今年叙任されたので配属についてはまだ分からないのです。師はベンディゲイドブラン聖騎士団のモール・リッドです」

「それはそれは大変な目に遭いましたね。聖騎士モール・リッド様でしたら中にいらっしゃいます」

「師は無事なのですか?」

 げ、マジかよ。あの人乱戦のど真ん中で指揮してたじゃねえか。なんで俺らより早く離脱出来てるんだよ。いい感じに行方不明になる作戦が早々に破綻したし気分は最悪……ってほどでもないな。

「少なくともお前よりは無事だ、馬鹿弟子」

 農村の教会らしい簡素な観音開きの扉が開いたと思ったら今まで受けたことも無い理不尽な言葉をかけられた。

 声の主は敬愛すべき我が師匠、モール・リッド。栗色の髪を緩く纏めた眼鏡の長身の色白イケメンである。APPでいうと17。流石に疲労の色が濃いがこれで疲れてなかったら神話生物を疑うぞ。

 ちなみに二人でいると修道女から色々な意味で熱い視線を注がれるのである。やめろやめろ、俺はミジンコのメスに興味はないしもっと言えば男相手に尻を差し出したりしねえ。だからその薄い本しまってくんねぇかな?俺ってば夢もBLも御断りな邪神なので。せめて事務所通してくれや。

「右腕はどうした」

「はい、乱戦中に健を斬られました。毒が塗ってあったらしく、治癒魔法も中々効きません」

「一人で突っ走るからだ、馬鹿者」

「面目次第もございません……」

「まあ、そのおかげで大僧正様や枢機卿方も避難できたが……」

 じろりとモール・リッドは馬車の中を見回して言った。

「その子供は?」

「乱戦の折に保護したキャラバンの子供です。親と隊員を亡くしたらしく、共に脱出しました。」

 黙りこくったハスターを紹介する。仮面については外す気がなかったようなので「そういうもの」と刷り込む魔法を使って誤魔化すことにした。明らかに正気じゃない隊員はその場で殺した。ついでに適当に心に傷を負った子供っぽい演技も仕込んだ。俺はハスターの何なのだろう。

「そうか。では子供は食堂へ。お前は聖堂に来い。ここもいつヴォーディガンにやられるか分からんから手短に話すぞ」

「はい、師匠」

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