第30話楔の様に私の足を床へ縫い付ける
◆
「何だか、歩き難いですわね……」
「それが和服の良さでもございます。奥方様」
「歩き難いのが良さ?」
今現在私は『わふく』へと着替え終わり朝食を取るためにダイニングへと移動していたのだが、この『わふく』という衣服が歩き辛く、思わず口に出してしまうとルルゥがその歩き難くさも『わふく』の良さだと言うではないか。
「歩き難いのが良さでもあるというのはそういう事なのでしょう?」
「そうですね、りょこちょこと歩く様が異性の殿方から見ると可愛らしく見える様ですよ。それにか弱さも演出でき庇護欲を掻き立てられるとか」
「っ!? な、成る程ですわっ!!」
確かに、言われた事を踏まえてメイド様に作られているのであろう紺色の『わふく』を着て、その上から前掛けをしているルルゥを見て正にその通りであると思った。
女性のわたくしですら守ってやりたいと思うのですもの。
それに、普段わたくし達貴族が着るドレスでは出せない別種類の品が出ている様に見える。
「マイナス面も考えよう。 視点を変えれば別の利点が出てくる………」
何だかその言葉がわたくしにストンと落ちた気がした。
まるで、シュバルツ殿下から婚約破棄されたのも見方によっては悪い事ではなく良い事だったのではないかと言ってくれている様で………。
「ルルゥ、わたくし………『わふく』の事が好きになりそうですわ」
「はい、それは嬉しゅう御座います」
そう言って返してくれるルルゥは優しい笑みを浮かべていた。
「ささ、ここがダイニングでございます。 旦那様、奥方様をお連れして参りました」
そうわたくしに説明しながらダイニングへとルルゥは入って行くと、中から「ご苦労」という男性の声が聞こえてくる。
「何をしている。 皆お前を待っているのだから立ち止まってないで入って来たまえ」
因みに廊下とダイニングを仕切る扉は無く、代わりに真ん中に切れ込みが入った長い布が掛かっているだけなのでわたくしが入り口の前で立ち止まっている事は、シルエットが向こうには見えているだろうし、旦那様の声も良く聞き取れる。
しかしながら、例え扉が無いとしてもこの布一枚向こう側に行くのは何故だか足が竦んでしまい一歩前に出る事が出来ない。
大丈夫。
旦那様であるソウイチロウ様にはまだ愛想尽かされてはいない、と思うのだが昨夜初夜を迎えなかったという事が今更ながら楔の様に私の足を床へ縫い付ける。
もしかしたらわたくしは旦那様の好みから酷く外れた容姿なのかもしれない。
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