第29話プライドや趣味嗜好で腹は膨れない

「そうですね、旦那様の故郷で着られている伝統的な衣装でございます」

「わ、わたくしその『わふく』とやらを着ますわっ!!」


 旦那様であるソウイチロウ様がこの国の者で無い事は何となくではあるが気付いていた。


 この建物や見た事も無い衣服、そして何よりも黒目黒髪が異国の血を引いているのであろうという事を主張していたのだ。


 いまさらわたくしの旦那様が異国の者であるという事は驚きはしないのだが、だからこそわたくしは『わふく』という衣服を身に着ける事を選ぶ。


 それは『わふく』を着てみたいというものではなく、自分自身に対して『わたくしは既に旦那様の元へ嫁いだのだ』という戒めであり、決意であり、諦めであったり、そして何よりもこの国の服を着るよりも『わふく』を着る事によって旦那様へ敵意が無い事を、また従順である事を示せると思ったからである。


 旦那様にまで見捨てられたらわたくしは間違いなくまともに生きて行けず、ただ死を待つかスラム街でゴミを漁るかしか選択肢は無いだろう。


 何か職に就こうとしたところで十にも満たない村娘が出来る事が出来ないわたくし等どこも雇ってはくれないだろうし、娼婦の場合は間違いなく貴族界隈に噂が広まり、その後の事を想像するだけでも恐ろしい。


 プライドや趣味嗜好で腹は膨れないのだ。


 先に述べた未来を迎える事と比べればわたくしのプライドや趣味嗜好を捨てて『わふく』を着る事等容易い事である。


「かしこまりました。 では着付けさせて頂きますので好みの柄などはございますでしょうか?」

「わぁー……………綺麗……っ」


 そんなわたくしの静かなる決意など知らないであろうルルゥは奥に控えていたメイド達に様々な柄物の布を持って来させて見せてくる。


 鳥が描かれたモノ、花が描かれたモノ、魚が描かれたモノ、煌びやかなモノ、落ち着いた色のモノと多岐に渡り思わずその美しさに思わずわたくしは心を奪われてしまう。


「そ、そうですわね………この落ち着いたピンク色の、花弁が下の方で舞っている様なモノでお願い致しますわ」

「かしこまりました。 こちらの桜吹雪の柄ですね。 ふふ、奥方様が着るときっとお似合いでしょう」


 一瞬の内に静かなる決意などどこかに吹き飛んでしまい、今は早くこの『わふく』なる衣服を着てみたいという欲求が高まって行くのが自分でも分かる程、今わたくしは興奮を隠せないでいる。


 そんなわたくしを見てルルゥと他のメイド達は優しく微笑みながら、わたくしに『わふく』を着させて行くのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る