第31話なんてことをっ!!

 しかしながらここでいつまでも突っ立ている訳にもいかないし、旦那様への印象も悪くなる事くらいは想像がつく。


 今以上印象が悪くなってはそれこそ捨てられかねないと、そして私は意を決して鉛の様に重くなった両の足を動かして恐る恐るといった感じでダイニングへと一歩、また一歩と進み、垂れさがった布をかき分けダイニングへと入って行く。


 そこには旦那様と使用人たちが既にテーブルについており、全員の視線がわたくしへと一斉に向けられる。


「わぁーっ!! 奥方様、御着物とっても似合ってますねっ!! ね、旦那様っ!!」

「凄い、綺麗………」

「ちょっと待って、私写メ撮るっ!!」

「あ、私もっ!!」

「旦那様もこんな美人を貰えて鼻が高いんじゃないのか? このこのっ!!」


 そしてダイニングへと入って来たわたくしをみてミヤーコや、他のメイド達、昨日庭の手入れをしていた男性から次々にわたくしを褒めて頂く、その光景に今度は別の意味で立ち止まってしまい、自分でも顔が真っ赤になって行くのが手に取るように分かるのだが、それがまた羞恥心を刺激して更に恥ずかしさが込み上げてくる。


 今までであればメイド達の心の籠っていない褒め言葉に、貴族間でのお世辞でしかない褒め言葉、そして始まるマウントの取り合いという世界しか経験が無いわたくしにとって、心から褒めて下さっていると分かる言葉の数々は思っている以上に嬉しく、そしてなんだかむず痒く感じてしまうものなのだと初めて気付く。


 ただ『写メ』というのが何を指すのかは分からないのですが、その言葉からは好意的な雰囲気が伝わってくるので悪い言葉では無いだろう。


「ほら、惚けていないで旦那様も男なんだから自分の奥さんに何か言ってあげなっ!!」


 そんな時、ミヤーコ以上に恰幅の良い四十代程の女性が旦那様へ発破をかけながら背中をバシンと一発叩くではないか。


な、ななななな、なんてことをっ!!


 これでわたくしのせいで背中をメイドに叩かれたとお怒りになられたらどう責任を取ってくれるんですかっ!?あなたはまだここをクビにされても他で働き口があるかもしれませんが、自慢では無いですがわたくしは外に出されると何も出来ませんのよっ!!


「リンダ、背中は叩くのは良いが力加減をしてくれといつも言っているだろう?」

「がははははっ! これはすまないねぇ。 でも女性の私が叩くんだ。 男の旦那様ならそれくらい我慢しなっ! あと、話をはぐらかそうたってそうはいかないよっ!!」

「全く、分かった分かった」


 そして旦那様は使用人であろう女性へ怒るでも無く諦めた様な声音で返すと椅子から立ち上がりこちらへと向かってくるではないか。


 わたくしは何を言われるか、そして何をされるか分からないという恐怖から目をぎゅっと閉じ、旦那様の反応をじっと待つ。

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