第23話 九月十八日
九月十八日は朝から雨だった。残暑も厳しく、むしむしとして暑苦しい日だ。
「天気まで憂鬱にさせてくれるなあ」
ざあざあと降る雨に、俺は思わず愚痴を零してしまう。
「気をつけろ。気取られるだろ」
しかし、その愚痴は土方によって注意されてしまった。俺ははいと返事をして首を竦める。
確かに、客観的に見れば今日は慰労会で楽しい日のはずだ。それが憂鬱となると、宴会が面倒なのかと因縁を付けられかねないし、よからぬことを企んでいるとバレかねない。
「お前はあまり酒を飲むなよ」
「解ってますよ」
「が、二次会まで付き合え」
「・・・・・・本気で溜め息を吐いてもいいですか?」
なんの拷問ですかと俺が溜め息を吐くと、土方は苦笑した。
「お前がいると芹沢は警戒を解くからな。どういうわけか、お前のことはお気に入りだ」
そして仕方ないだろうとそう付け加えてくる。
そう、清河暗殺計画の頃から、俺はどういうわけか芹沢に気に入られている。ちゃんとした武士の身分を持っているというのがあるのだろうが、大坂でもまあまあよくしてもらった。
「何ででしょうね。武士って身分だけで言えば、山南さんや原田さんだってそうなのに」
俺は思わず恨みがましく呟いてしまう。
「その二人とも明確には対立していないだろ。あいつが嫌っているのは俺と近藤さんだからな」
「・・・・・・ですね」
そこは否定できないところだ。結局のところ、芹沢は身分に拘るタイプというだけだ。あと、俺を気に入っているのは人畜無害と思われているからかもしれない。
「まあ、今日までだよ」
悩む俺に向けて、土方はもう少しだと肩をぽんぽんと叩くのだった。
さて、夕方から島原は角屋にて宴会が開かれた。
「さあ、芹沢先生。まずは一献」
ともかく芹沢と取り巻きの平山五郎、平間重助にはとことん酒を飲ませる。というわけで、近藤はへつらいながら芹沢の大きな盃になみなみと酒を注いだ。
「いやいや、悪いな」
その芹沢は警戒することもなく、その酒をぐびっと一気飲みしてみせる。軽く一合は入っていたはずなのに、一瞬だ。俺はびっくりしてしまう。
「す、凄いですね」
「ははっ、そうか。では、もう一杯飲み干してみせてやろう」
思わず呟いた俺の声を聞き、芹沢は上機嫌でもう一度大量の酒を一気飲みしてみせる。おかげで宴会が始まったばかりだというのに、芹沢はすでに酔っ払っていた。
芹沢の近くにいた土方がグッジョブという視線を送ってくるが、俺としては正直な感想を呟いただけなのでいたたまれない。
平山と平間も原田や永倉といったメンバーに酒を注がれ上機嫌だ。と、そこに遊女たちが入ってきて、一層盛り上がりをみせる。
「はあ」
なんとか第一関門突破か。俺はそう思うと溜め息が零れていた。すると
「お疲れですか?」
横に座った遊女が気遣うように訊ねてくる。
「い、いや。酒があまり得意じゃなくて。あの、この魚、お代わり貰えますか」
俺は大丈夫と首を振ると、メインとして出されていた煮付けのお代わりを頼む。ここから夜中までの長期戦。しかも最後は芹沢を斬るという任務があるのだ。しっかり食べておきたい。
「あらあら。お酒よりもお魚なんですね。お待ちください」
遊女はころころと笑うと、通りがかった配膳係に声を掛けてくれた。
「こちらのお侍さんにお魚のお代わりを」
「へい、ただいま」
配膳係はにっこりと微笑んですぐに引っ込んでいく。
「私は雪乃と申します」
雪乃と名乗った遊女は、酒の代わりにお茶が入った湯飲みを渡してくれた。
「ありがとう。俺は沖田」
「沖田はん。下のお名前は」
「総司。あっ、ご飯も欲しいなあ」
「あらあら。ほんまにお酒よりも食べる方がいいんですね。すぐに用意させましょう」
うっかり呟いた俺の言葉にも、雪乃はころころと笑ってすぐに対応してくれた。おかげで緊張が解れる。
よく見ると、雪乃は可愛らしい女の子だった。あの本庄宿で出会った女の子も可愛かったが、化粧と着物のせいか、雪乃の方が可愛く見える。現代だと乃木坂のメンバーにいそうな感じ。
「今日は泊まっていかれますか?」
雪乃は俺の熱心な視線に気づき、俺の胸に手を触れて誘ってくる。
「きょ、今日は上司の相手をしないといけないからなあ」
俺は自制心を総動員してそう言うと、やって来たご飯を口いっぱいに頬張っていた。
無事に一次会を終え、二次会は屯所で行われることになった。芹沢はあの噂のお梅を、平山と平間は馴染みの遊女を呼び寄せている。
「さあさあ、まだ飲み足りないでしょう」
土方はそう言ってどんどん芹沢たちに酒を勧める。俺も芹沢の盃に酒を注いだ。すると芹沢はにやりと笑い
「さっきの娘は良かったのか。今から呼び寄せるか?」
なんて訊いてくる。お梅がいるから、お前もどうだと誘っているってことか。
「いえ、今日のところは」
「では、別の日に通うのか」
「え、ええ、まあ」
まあ、もう一度会ってもいいかなとは思っている。でも、ムスコが世話になるかどうかは別だ。どちらかというと、またお喋りがしたいというところか。
「おや、沖田にもようやく馴染みになりそうな子が出来たようだぞ。土方君、後で軍資金をやっておけよ」
「もちろん」
土方はにっこりと笑って答えている。その顔は、本気なのかどうなのか読めない笑顔だ。
「さて、俺は素直な性格だからな。そろそろ、こいつと楽しむとする」
俺をからかって満足したのか、芹沢はそこで立ち上がった。だが、強かに酔っているので千鳥足だ。
「まあ、大丈夫ですの?」
すぐにお梅が身体を支え、奥に引っ込む。それに平間と平山も続いた。
「俺たちはもうしばらくここで飲んでいます」
土方はそう言って三組の男女を見送った。そして姿が見えなくなったところで、俺に向けて鋭い視線を向ける。
「深夜に行くぞ」
「はい」
俺はいよいよかと、ぐっと拳に力を入れていた。
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