第61話 介入者
『只今、予選100名のオーデションが終了しました。厳正な審査を行っているため、発表まで今しばらくお待ちください。発表は14:00を予定しています』
会場内にそんなアナンスが流れた。
まったく”厳正な審査”とか笑わせてくれるわよ。
とっくに審査は終わってるくせに。
予選終了時間は12時だったが、大幅に短縮してまだ11時を少し回ったところだ。
発表が14時とはずいぶんと余裕がある。
私の妄想かもしれないが、上條社長が維澄さんと会うための時間を確保してたのでは?なんて邪推をしてしまう。万が一そうだとしたらさっき私が維澄さんに言ったように”ゴメンナサイ”と言えば終わりという簡単な話にはならないかもしれない。
「さて、どうしましょうか、維澄さん。先に食事にする?」
私は維澄さんの表情を丁寧に探りながら聞いた。
「いや、先に会う。」
維澄さんは少し顔は強張っているものの、覚悟を決めたように、また自分自身を鼓舞するように力強くそう言った。
「おお!前向きでいいね。じゃあ、早速いきましょうか」
私は維澄さんの気持ちの後押しをするべく少し大げさに明るく答えた。
「そ、そうね。まだ隣の部屋にいるかしら?」
「いるでしょ?」
「そうよね……いるよね」
今の覚悟はどこへやら………また、弱気の虫が表情に現れてきた。
「会いに行くんだからいなくちゃ困るじゃない?なに?やっぱまだ会いたくないの?」
私は維澄さんの覚悟を確かなものにするために強めに言う。
「それは進んでは会いたくないわよ……ただ会うしかないとは思ってるから」
ほんと維澄さんって往生際が悪くてイライラする。ただここで私が切れても状況は悪くなるだけだからなんとかこらえて維澄さんの気持ちを「上げる」ことに集中する。
「そうね。やなことはさっさと終わらせて帰りましょう。そうだ!お昼仙台でおいしいお店探して入ろうよ?」
「そんなこと今から想像できないわよ……”ひとごと”だと思って」
「”ひとごと”なんて思ってないよ。私にとっても大切なことだと思ってる。だからこそ維澄さんの負担を少しでもなくそうとするこの気遣い……分かってほしいなあ~。愛だね、これは愛」
そういうと、維澄さんも”プッ”と噴き出して笑顔になってくれた。
よかった。ようやく維澄さんの顔つきが「上向き」になったようだった。それにしてもホント疲れるな、この人。
「よし、じゃあ行きますか!」
維澄さんの気が変わる前に、私はことさら勢いよくそう言って立ち上がった。すると、いつのまに近くにいたのか、ふいに一人の男性が私達に声を掛けてきた。
「ちょっといい?」
「はい?」
えっと、この男性はたしか
「さっきお会いしてた……YUKINAの知り合いさんですか?」
私が訝し気に尋ねると、その男性は、私の警戒心に即座に目ざとく気づいたようでわざとらしい作り笑顔になった。
「そう、覚えててくれたんだね。さっきは突然失礼しました。俺、YUKINAの大学の友人で櫻井といいます。あなたが神沼さんで、そちらがIZUMIさんでいいんだよね?」
作り笑顔のわりに、目が笑っていない。むしろ気味が悪い程に冷静沈着な眼差しを我々二人に向けている。私はいまだ警戒心を解かずに応対する。
「ええ、そうですけど……なにか?」
不機嫌全開の顔で声のトーンも一オクターブ下げてみた。
「いや、上條さんにつれて来てくれって頼まれて」
その男性は私の警戒心に、少しだけ苦笑いしつつも話をつらつらと続けた。しかも上條さんからの伝言まで。
「はあ?連れてこい?それ違いますよ。私達が自主的に行きますって言ってありますから、放っておいてください」
「まあ、そうらしいね。でもあの人”ああ”だから……ね。分かるでしょ?尋ねてくるはずだから、連れて来いって。強引だよね」
全く呆れる。ホントに自分勝手すぎる。しかもYUKINAの知り合いをパシリにつかうとか。
結局自分のペースで話を進めようとしてるじゃない!
もう……また腹が立ってきた。
まあ、こちらも重い腰をちょうど上げたところだからタイミングが良すぎるっちゃよすぎるんだけど。
そして、実質的に迎いに来られたら、維澄さんも逃げられない。
さすが上條社長は維澄さんの行動分かってる。万が一にも維澄さんが逃げられない布石をしっかり打ってきたのだろう。
「隣の審査室は人がいるから、最上階の部屋に来てほしいって」
「最上階?」
「うん、きっとこのホテルで一番豪華なスイートなんじゃない?」
なんなのよ?あの成金社長は。
きっとそんな豪華な部屋で平民を精神的に揺さぶって、有意に話しを進めようとするんだな。
そもそもいったい上條社長は何の話をしようとしているのだろうか?
まさか今更維澄さんに過去の損失を払えなんて話はしないだろうし……
もしかして維澄さんにモデル復帰しろとか?
ああ~それありそう。
いや絶対そうだ。
そんなこと、維澄さんが受けるはずもないのに。
いや、でもどうだろう?もしかして復帰したいなんて思いもあったりするのかな?
まあ、それなら話としては前向きだから私は反対はしないけど。
さて……
維澄さんはさすがに少し青ざめているが、目には覚悟を決めた力強さを感じた。
「じゃあ、行きましょうか?」
櫻井という男性はそう言って我々の先を歩き始めた。
「そういえば、櫻井さん、YUKINAの知り合いと言ってましたけど、なんで上條さんのパシリなんてやってるんですか?Kスタジオの社員って感じではなさそうだけど」
私は維澄さんと上條さんとの話に必要以上に人が介在することが嫌だった。できたら余計な人に邪魔されたくない。私だってこの先どうしていいかわからないのに。
「神沼さん、そんな警戒しないでよ」
彼はまた苦笑いをして見せるがどうも作り物のようで怪しい。
「警戒している訳ではないんです。ただあまりこの件に他人を巻き込みたくないので」
私は語気を強めて正直に言った。
「ああ……悪いね。でも俺も上條さんに呼ばれたんだよね泣きつかれちゃってね」
「え?なんで?上條さんとも知り合いなんですか?」
「まあね。向坂……いやを介して縁が出来てね」
「YUKINAの本名知ってるんで言い換えなくていいですよ」
YUKINAを向坂と呼ぶこの櫻井という男性はいったい何者なんだ?上條さんとも知り合い?私は眉間に皺を寄せてそんなことを思っていると突然、維澄さんが口を開いた。
「もしかして櫻井さん、YUKINAさんとお付き合いしてるの?」
維澄さん?いきなり”なにを”聞いているの?
「え!?はは、鋭いですね維澄さん……まあ、隠してもしょうがないか。ご想像の通りです」
「ええ?!YUKINAの彼氏!?」
私は仰け反るほどに驚いた。ご想像の通りって、全然想像なんてしてないんだけど?だってあのYUKINAの彼氏でしょ?なんかこう……見栄えは悪くないと思うけど、ちょっと違うような。
「神沼さん?そんな露骨に”なんでこいつなの?”って顔しないでよ?落ち込むなあ~」
「あ、ご、ごめんなさい。つい……」
櫻井さんは初めて「本当の」苦笑いをしたように見えた。
そしてふと維澄さんを見ると少しホッとした顔をしている。実は私も同じようにYUKINAと櫻井さんが付き合ってるということにちょっと”意外!”と思う部分と”ホッ”とする部分があった。
フフフ……きっと理由は同じだな。
YUKINAに彼氏がいてホッとしている。
二人して。
だってさっきは二人でYUKINAにお互いで嫉妬してたもんね。
維澄さんもそれを確認しにいくとか、どんだけ私のこと好きなのよ!?
「なに?二人してそんなホッとしたような顔して?」
櫻井さんはワザとらしく怪訝な顔をしているが、この人のことだ、きっと気付いている。
ホント不思議なんだけど、この人ってなんだろう?人の心を読みつくしている感じ。そういうトレーニングしている人?あの……羊たちの沈黙のレクター博士みたいな。
「で、話がそれたけど櫻井さんがなんで上條社長に呼ばれたの?」
「なんでだろうね?俺が聞きたいくらいだよ。理由も言わず”ただ来い!”だからね。」
「それで来たんですか?随分お人よしなんですね?」
「アハハハ……その通りだ。でも、あの人がわざわざ俺を呼ぶってことはなんかあるんだろうなって思ったから」
分かる気がする。きっと上條さんもこの人の”得体の知れない能力”を知ってるんだ。だからいざという時のためのバックアップといったところか。
なるほどね。
やっぱり上條さんも維澄さんとの邂逅は”楽な仕事”とは思っていないんだ。
だからこの……気味の悪いプロファイラーみたいな人を呼んだんだ。
ということは、当然この櫻井さんも同席するってことか。
確かに上條社長の暴走を止められるのはこの人ぐらいなのかもしれない。
そのことを上條社長自身が分かっているのかも。
不安が募るが……
上條社長は彼女なりにしっかりした準備しているならそれはそれでプラス要因と考えよう。
我々は高速エレベータで上條社長が待つ、ホテル最上階37階に辿りついた。
「え~と確か、ルームナンバーは3702だったかな」
そう櫻井さんが言うと、自身の携帯で上條社長に連絡を入れた。
「ああ、いま部屋の前につきました。……ええ、お二人ともいますよ」
櫻井さんの携帯電話越しに上條社長の声も漏れ聞こえた。
維澄さんにもその声が聞こえていたに違いない。
維澄さんの顔色にいよいよ緊張が走る。
「維澄さん?大丈夫ですか?……無理しないでね?」
「ええ、大丈夫よ。一度は越えなければならない壁だから」
維澄さんも必死に自分を奮い立たせてる。
維澄さんにここまでさせるモチベーションがあったとは少し意外に思った。
維澄さんと上條社長は、きっと7年ぶりの再開だ。
維澄さんにとって……
過去に憧れた人、いやおそらく愛した人。
そして……裏切られた人。
逆に仕事の面では自分が裏切った人か。
色々な思いが交錯しているに違いない。
つらいよね。
私だったらこのプレッシャーに耐えられる自信がない。
すると……
”ガチャ!”
ドアのかぎが外れる音が37階のフロアーに響いた。
来た。
ついにこの瞬間が。
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