第60話 似ているひと

「どうしたの?オーデションダメだった?」


維澄さんは、私のネガティブな感情だらけの表情を見て驚いたように言った。


「ダメと言われたんならこんなに怒りませんよ!」


私は上條社長の勝手な振る舞いにいまだ怒りおさまらず維澄さんにまで語気を荒げてしまった。


「ど、どういうことなの?なにかあったの?」


「上條社長!あの人なんなんですか!?だいたいおかしいでしょ、この予選会のスピード。審査員の人たちまともにオーデションなんかしてませんよ」


私はうっかり周りの参加者に聞こえる程の大声でそんなこといったものだから周りの注目を浴びてしまった。維澄さんは少し困った顔をして小声で答えた。


「ああ……これはいつものことよ」


「え?そうなの?」


「上條さんは一目見れば、その人の素質見抜いちゃうから」


「や、やっぱそうなんですか?」


「ええ、それは間違いないわ。だからちゃんと判断はしていると思うわよ。ただその時間が異常に短いだけ」


 まあ、確かにあの人の得体のしれなさを考えると全く納得できてしまうのだけれど。


「だから参加者が少ないオーデションの時なんか、待合室をチラッと覗いて、めぼしい娘の名札見て覚えて上條さん、帰ってしまったこともあったもの。”後よろしく”って」


「酷いですね?それで、その時はオーデションはやったんですか?」


「ええ、形だけね。でも残された審査員だけで時間かけて審査しても上條さんが選んだ人たちが選ばれていたと思うわ。それくらいあの人の目は確かよ」


「そうなんだ……」


「……で、檸檬は上條さんになんて言われたの?」


「もう何度も会ってる人間を今更見る必要はないって」


「フフフ……あの人らしいわね。でもきっともう檸檬に関しては結論出てたんでしょうね」


「え?そうなの?それって実は維澄さんも?」


「え?どう言う意味?」


「だから、オーデションの結果、維澄さんもだいたい想像できてるとか?」


「わ、私は分らないわよ!」


 そう言いながら目を泳がせてしまった。


 いや、ぜったい分ってるでしょ、その態度。


 しかもその目の泳がせ方って、ポジティブな意味じゃないよね?


 なんだよ。落ち込むなあ。


 なんか腹立てるのもバカらしくなってきた。


「あ~あ、もう帰りたくなってきたな」


「え?ダメよ!」


「なんでよ?どうせ落ちるんでしょ?私」


「そんなことないよ!大丈夫」


「もう今更いいから、そんなフォロー。でも……そうか、まだ帰れないか。維澄さんの用が残ってるもんね」


「ああ……それは……」


 維澄さんは、また暗い顔になってしまった。


 でもあんな上條社長の横柄なやり方を目の当たりにしたらこのまま帰っても全く罪悪感なんて感じない。


 維澄さんが”やっぱり会うのやめる”と言えばとっとと帰りたい気分だ。


 むしろ上條社長との約束破って、あの人を怒らせてやってもいいくらいだ……



「そう言えば、YUKINAさんは中にいたんでしょ?」


「ええ、上條社長の隣に座ってた」


「なんか言われた?」


「うん。YUKINA、私が維澄さんに似てるって。フフフだから思わず嬉しくてニヤけちゃった」


 でも、その浮かれっぷりを上條社長に見抜かれてバカにされたんだけどね。


 ああ~思い出したらまた腹が立ってきた。


「わ、私に似てる?檸檬が?いや、ぜんぜん似てないわよ!?」


「維澄さん?そんなに全力で否定しないでよ!?せっかくいい気分だったのに。何気に今の超ショックなんだけど?」


 ホントにそんなに素で否定されるとメチャクチャ凹むんだけど……


「だってタイプが全然違うじゃない?」


「維澄さんがYUKINAと似てるって言われても否定しなかったのに、私の場合はそんな否定して……酷くないですか?」


「そ、そうじゃくて……どちらかというと檸檬は上條さんのモデル時代に檸檬は似ている気がしてたから」


「はあ!?ヤメテくださいよ!あんな恐い人と似てるなんて!」


咄嗟のことできっと目を吊り上げていってしまったに違いない。


「ほら……その顔、檸檬も結構こわ……」


「あ?いま私も結構恐いって言おうとしたでしょ?もう……さっきから維澄さんぶっちゃけすぎですよ?私が恐いとか酷過ぎ!!」


 確かに私の顔はつり目で恐いけどさ、これでも上條社長程ではないと、思ってるんだから……たぶん。


「だから、檸檬をけなしている訳じゃなくて、上條社長だってモデル時代はカリスマモデルだったんだよ?」


維澄さんは本気で動揺しているようでアタフタして言った。


「それは知ってますけど」


私はむくれながら返す。


「それに上條さんは私が一番憧れていたモデルでもあったんだからね?」


「まあ……そ、それも知ってますけど」


 ええ、知ってますよ。


 憧れ通り越して愛してしまったことだってね。


「だから何と言うか、私の好みというか……」


 ま、またこの人ときたら天然でそういうことをサラッと言うから……


 怒ってたのに口元だけがまたニヤけてしまったじゃないか。


「い、維澄さんはずるいよ」


「ずるい?なんでよ?」


「いきなり爆弾投下するのは維澄さん悪い癖」


私は耳まで熱くなってしまい、ごまかす様に下を向いて言った。


「爆弾?どう言う意味よ?」


「私の心が破壊されそうってこと」


「意味分かんないけど、それ悪い意味?」


「いや、いい意味なんだけどさ」


「そ、そう。ならいいけど」


 不思議そうな顔をしている維澄さんだが、私がなんでこんなに赤面してしまっているのかきっと分らないんだろうな。


 そうか……


 維澄さんは、上條社長と私を少し重ねてるということがあったのか。


 それは今まで気付かなかった。


 ”上條社長の代わり”というのは癪だけど、でもいいや。


 私は私だ。


 ポジティブに考えよう。






 さて……


 そろそろ予選の審査も終わるころだろう。


 いよいよだ。


 ここからが本番。


 むろん私のオーデションの話ではない。


 維澄さんと上條社長との邂逅。


 いや、私とっては……


 正真正銘の上條社長との勝負だ。





 絶対負けないんだから。



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