第13話 違う関係

「維澄さん、聞いてないんだけど?」


 私は少し”怒ったフリ”をしてそう維澄さんに切り出した。


「え?……な、何を?」


 維澄さんは、少し驚いて身構えた。


「昨日休むなんて、私ぜんぜん聞いてなかったですよ?急用ですか?」


 維澄さんが店に来なかった翌日、私は色々頭を巡らせて考ておいた通りの言葉を投げた。


「シフト表には書いておいたじゃない?」


「でも午後は私一人になるんですよ?何か申し送ることとかあるじゃないですか?」


 ワザとオーバーに、”不満げ”にそう言った。


 不満なのは事実。


 これ、真っ当な意見よね?


 まだ職場経験あまりないけど、自分が休む事で迷惑かかるであろう相手に何らかの引き継ぎはあってしかるべきだと思う。


「そ、それは店長には言っておいたし」


 はあ?……


 カッチィ~ン!


 その返事は聞き捨てならないなあ~


 これでは私のことなんか全く眼中になかった感じじゃないか。


「あ~わかりました。私は頼りにならないし、引き継ぐこともない。そう言うことですね?」


 私は半ギレ状態で言ってしまった。


 オーバアクションだが、結構本音。


「そ、そんなこといってないでしょ?悪かったわよ、そんな怒らないでよ。なんか休みにくくなるじゃない」


「だから休むこと自体の話じゃないです。シフト見れば良いじゃないなんて突き放されたらちょっと寂しいってことですよ!」


 維澄さんは、形のいい眉を少しへの字にして困ったそぶりで唇を噛んでしまった。


 困らせるつもりじゃなくて、私はもっと近づきたいってことを分ってほしいだけなのに。


 だから……


「維澄さん、連絡先教えてもらっていいですか?」


 〝今だ!〝


 と思った私は当初の〝最大の目的〝を切り出した。


「え?……な、なんで?」


 全くこの人は……


 この流れで察してほしいわよ。下心は確かにありますよ?でも、ここは空気読んで慌ててスマホ出すのが正解じゃないの?


「この先、急に休むとか、シフト代わってほしいとか、連絡し合えた方が良くないですか?」


「ああ……まあ、そうなのかな」


「そうでしょう?まったく」


 だから、そんな躊躇しないでよ。


 当然そうね、って顔してよ!私が無理やり聞き出すみたいになってるじゃない?


 まあ、無理やりなんだけどさ。


「あ、やっぱりいいです。そんなやな顔されてまでいいですよ」


 私は結構素でむくれてしまった、いや本気で凹んでしまった。


「いや、そう言う訳ではなくて……」


 維澄さんは流石にアタフタと動揺している様子だった。


 そして私は〝想像以上に〝拒絶されたことが、結構堪えてしまっていることに苦笑した。


 すると維澄さんは自分の携帯を胸のポケットからようやくスマートフォンを取り出した。


 私はその姿を見て〝ドキリ〝としたけど、無理やりそうさせてみたいでチョット後味が悪い。


 無理やりって、ホント酷く無いですか?そう考えるとふつふつとまた怒りがこみあげてくる。


「維澄さんいいですよ。何かあったときは店長経由で連絡しますから」


 私は本気でふて腐れながらソッポを向いてしまった。


「檸檬?もう怒らないでよ」


「怒りますよ。怒るというより、相当凹みました」


 私が拗ねて取り付く島がなくなっていたので維澄さんは、レジ横にあったメモ帳を一枚切り取って、携帯番号を書いてくれた。


 私はそのメモをちらりと横目で見たとき、嬉しさのあまり不覚にも胸の中が熱くなって口角がピクリと上がってしまった。


 もうノドから手が出る程に欲しかった番号。これさえあれば、どこにいても維澄さんと繋がれる。そう想像するだけで私は気持ちが高揚していくのを抑えきれず、気づいたら、吸い込まれるようにメモに手を伸ばしていた。


 維澄さんもやや不安そうに私の顔を見る。


「ありがとうございます。いまかけてみますので、私の番号も登録してください」


「え、ええ……分かった」


 私は震えてしまった指で自分のスマホから維澄さんの番号を入力して、通話ボタンを押す。維澄さんはワンコールで出た。


「間違ってないですね」


「うん」


 そう電話越しに話をした。


 高校では、もう飽き飽きしたこの交換のやり取り。でも維澄さんとそれをすると流石に番号を打つ手が震えた。電話越しに耳のすぐそばで聞こえた維澄さんの低くても綺麗な声。


 嬉しい。叫びだしたいほどに嬉しい。


 でもさっきまでふてくさていたので自分の顔をどう作っていいか分からなくなってしまい微妙に歪んだ顔になってしまった。


 だから維澄さんは訝しんで不安な顔をくずせずにいた。


「無理言ってすいませんでした。だって……私は維澄さんの連絡先知りたくて仕方なかったのに、いやそうな顔するから」


「そ、そんな嫌じゃないわよ。ただ私は必要最低限、仕事関係以外は絶対連絡先はおしえない事にしてたから」


「じゃあ、私も仕事仲間として必要最低限として仕方なく?」


「そうじゃないの!」


 維澄さんは、少し強い口調でそういってから下を向いて、目を泳がしてしまった。違う?違わないでしょ?また私が落ち込むと思ってそんな否定してるんだ。


「あたながただの仕事仲間なら、それこそすぐに連絡先は教えたわよ。私がすこし構えてしまったのは檸檬がただの仕事仲間だけという感覚でなくなってしまっていたから」


「え?どいういうことですか?私が維澄さんの過去を知ってるから?」


「それもあると思うけど。それよりも、なんかもっと近しい友達みたいな感覚がしてて」


 私はポーカーフェイスをなんとか保っていたが、心拍数はどんどん上がっていた。


 ど……どう言うこと?


「私って、ほら……プライベートに友達はぜんぜんいないから、私の携帯番号を知ってる友達は誰もいないの。だから教えたのは檸檬がはじめてで」


 スマホを持つ手が震えた。今なんて?


 維澄さんには友達がいない?


 ってまだ一か月あまりの私が最も近しい唯一の友達ってこと?どうしてそうなるの?私は自分が一番近しい友人かもと思ったことの嬉しさと同時に、また彼女のプライベートに潜む陰を思うとまた暗い気持ちを頭をもたげた。


 ”この人を何とかしてあげたい”


 この時、はじめて私にそんな気持ちが芽生えていた。もうさっき不貞腐れていた自分がどれほどに浅はかに自分勝手に子供じみた理屈でいたのだと反省した。


 維澄さんは自分に近しい相手ができてしまったこと、”たったそれだけのこと”で動揺してしまっている。


 私が嫌なのではない。怖かったのだ。自分のプライベートに人が入ってくる可能性ができてしまったことに。


「維澄さん……ごめなさい」


「え?……ごめんって……なんで?」


「ちょっと私のわがまま通しすぎました」


「ええ、まあそれは檸檬らしいといえば檸檬らしいけど」


「フフフ……でも維澄さん?私これから遠慮しませんよ?」


「え?」


「毎日電話する」


「え!!そ、それは困る」


「困ってください。通話がやならLineにします。ID教えてくださいよ?」


「いや、私Lineやってないから」


「はあ?マジですか?」


「ちょっとスマホ貸して!」


 私は強引に維澄さんのスマホを奪い取って、Lineアプリを入れて早速登録してあげた。もちろん相手は私だけ。私だけのホットラインだ。


 私は少しふざけて一文を送ってみた。


 ”愛しの維澄さんへ、檸檬です”


 すぐに維澄さんのスマホに通知音が響いた。


 維澄さんは私のメッセージを見て、ちょっとだけ頬を赤らめた。


 その顔はそれは反則!!


 ちょっと強引だったかもしれないけど。凄い進歩だ。別に携帯番号とLine登録ができただけでない。


 一番の収穫は”私が維澄さんを過去から救い出す”という明確な目標ができたことだ。高校生の私が大人の女性を救うなんて傲慢だと思うけど、現時点で私しか友達いないみたいだし。いや、厳密に言えば私だって決して友達認定されていないかもしれないけど。


 ただやみくもにあこがれだけだった維澄さんとまた違ったかかわり方ができたことが何よりも嬉しい。


 あ~あ、また今日興奮して寝れないな。いいや、そうしたら維澄さんにライン一杯おくってやろうっと。


 返信来たら……


 きっと朝までそれ見てにやけて、またしばらく寝不足が続いてしまいそうだ。


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