第11話 好きだから……

 私が維澄さんが勤める小さなドラッグストアーのアルバイトをはじめて半月ほどがたった。


 私は夕方16:30~19:00閉店までの勤務。


 午後のシフトはほぼ私と維澄さんの二人だけ。好きな人と二人でずっと過ごせるなんて、幸せこの上ないのだけれど……


 案外仕事が忙しくて、そんな気分に浸っている暇がないのが悲しい現実だったりする。


 私が勤務する夕方の時間帯は隣接する食品スーパーからの流れでこのドラッグストアーに立ち寄る人が多く店内は混雑する。だから一つしかないレジには十数人の列ができることも珍しくない。


 通常業務ではレジには一人。もう一人は外回りで在庫チェック、品だし、お客様対応等を行う。


 ただレジに並ぶお客さんが増えれば場合レジを二人で対応することもある。


 そんな時は狭いレジ台に二人となるので維澄さんと物理的に接近するので、維澄さんにな内緒だけど実は、このタイミングを心待ちにしている。


 そして働き始めてすぐに気付いたことがある。男性客の割合が、どう考えても多いのだ。


 私もドラッグストアーの客層なんて調べたことなんてないが、メインのお客さんは普通に考えれば主婦層でしょう?


 男性客が女性客を上回るなんて違和感だらけだ。


 これ、どう考えても維澄さん目当てだよね?


 しかも、私が異常に気味悪いと感じるのが、維澄さん目当てであると思われる男性の年齢層だ。20代、30代はまだ分かる。百歩譲って40代まで。それが下は中学生からどうみて70歳を超えてる老人までとなるとゲンナリする。


 維澄さん、どんだけレンジ広いのよ?そういえば女性にも好かれるみたいだしね?これ私のことだけど。


 男ってどんな年齢であっても綺麗な外見の女性が大好きってことなんでしょうね。まあ、中学生、高校生が綺麗なお姉さんに憧れるのはいいけど70歳過ぎても20代の女性に色目を使うとか私の理解を超えている。


 そして、事件は私がそんなことに気付き始めてすぐに起きた。


 中年男性が、レジを終えてから中々帰ろうとせずに維澄さんに纏わり付いてしまったのだ。


 男性は背が低くやせ形で色白。髪の毛も少し薄くなり始めている。40代後半だろうか?


 この男性がレジを終えた後、偶然に誰もお客さんがいなかったので、しぶとくその場に居残ってしまった。見た目は神経質でおとなしそうにみえるのだが、維澄さんに慣れなれしく話をしてくるのが不愉快極まりない。


 維澄さんは、基本愛想は良くはない。しかし美人と言うのは得なのか、損なのかうっすらと愛想笑いをしただけで男性には絶大な破壊力を示してしまう。


 だから愛想笑いをされただけのこの男性が、何を勘違いしたのか気持ち悪いほどに喜んでしまっている。


 ”俺だけに優しい笑顔を向けてくれた”なんて思ってしまったのだろうか?


 とんでもない勘違いだ。


「いつも、マスクしてるよね?ちょっと顔見せてよ?」


 ”な、なに言い出すんだコイツ!”


 マジ最悪だ!!


 維澄さんは薄い愛想笑いで必死にスルーしているようだけど、相手に全く伝わっていない。


 こんな維澄さんは不器用で、見てられない。


 こんな時こそ、私に見せたような『完全拒絶顔』しろってのよ!



 こんな状況だからそのキモイ中年男性は、ますますエスカレートしてしまった。


「維澄ちゃんっていつも”ぶかぶかの袖”だよね?」


 そういいながらなんとその男は維澄さんのロングスリーブに手を伸ばしてしまった。


 男の手が、維澄さんの袖に触れそうになって、ようやく維澄さんが驚いたように手をひっこめた。


 今までの穏やかな躱し方からすると、その拒否感が目立ってしまった。


 女性が男性から服を触れれば、拒否をするのはあたりまえだ。


 でも維澄さんのリアクションは私から見てもちょっと大げさに映った。


 軽くる腕をひっこめれば済んだのだろうが、維澄さんは大きく腕を払いのける仕草をしたもので、男性の腕も大きく払われてしまった。


 ”あ、これはまずい!”


 と思った。


「え~?なに?今のは?」


「ご、ごめんなさい、ちょっと驚いてしまって」


 維澄さんは声を上ずらせて、頭を下げて詫びたが男は見る見る不快な表情を顕わにした。


 私は、咄嗟に小走りでレジに入り、仲裁の準備にはいった。


 緊急コールのスイッチを押せばと思ったが維澄さんは動揺してそれどころではない。だからスタッフルームにいる渡辺店長も気付けない。


「ちょっとどういうこと?俺を拒否したってこと?そんなとこに入ってないで出てこいよ」


 男は維澄さんにレジから出るよう促した。私もそろそろ苛立ちがピークになっていた。


 何さまなんだこの男は?


 先に手を出してたのはあの男だ。


 店内の監視カメラの映像があればあの男に否があることは後々証明できる。


 もう我慢ならない!


 私はその男性に臨戦態勢で距離を詰めた。


 しかし、それより一瞬早く維澄さんがレジ台から出てしまった。


 そして、なんとその男は維澄さんの手首を掴みにいった。


「ほら、そんないやがることないだろう?」


 そういいながら手首を掴み、こともあろうか維澄さんを引っ張って自分の方へ引っ張り寄せてしまった。


 維澄さんはバランスを崩して数歩よろけながらその男の胸に肩が当たる程に近づいてしまった。


 私はその映像が視界に入った瞬間、怒りのあまり頭が沸騰してしまった。


 気付いたら私はその男の手を捩じり上げていた。


 私は弟の翔ほどではないが、幼少期から中学まで祖父に空手を習っていたので非力な男性の腕をねじあげるくらいは造作もなかった。


 私は手首だけでは怒りのおさまりをつけられず、男性を地面に這わせて肩まで決めてやった。


 男は”ギャーッ!”を大声を上げているが、ピクリとも身動きが取れない。


「維澄さん!店長呼んで!」


「え、ええ」


 慌てた様子で維澄さんは、スタッフルームに駈けて行き、しばらくするとようやく慌てて店長と戻ってきた。


「店長!遅い!モニタ見てなかったんですか!?」


 私はまだ怒りがおさまらない。


 いまさら”のこのこ”と現れた店長を見て、思わず怒鳴りつけてしまった。


「ああ、ど、どうしたっての?」


「この人が維澄さんに乱暴しようとしました」


「ら、乱暴なんてしてない!この女こそいきなり乱暴してきたんだ!」


 店長は男性の顔を覗き込んで、顔をしかめて”ああ”という顔をした。


 なるほど、店長のリアクションから察するに……


 この男は常連の”やっかいもの”ということのようだ。


「神沼さんさん、一旦離れて、こうなったら警察よぶしかない」


「け、警察よぶのかよ?」


「ええ、あなたもうちの店員に乱暴されたと訴えるなら、ここで言い争っても解決にならないでしょ?きっちり警察読んでカタつけましょうよ」


 店長もこういう時はさすがだ。


 ちょっとしたドスを効かせて”タンカ”を切ると、相手を震え上がらせる十分な効果があったようだ。


 結局その男は、逃げるように店を後にしてしまった。


 ただ、私はまだ気持ちの収まりがつかず、それでなくとも眼付の悪い目で、店長を睨み続けていた。


「ま、まあ、神沼さん。気持ちがは分るけどちょっとやりすぎだよ。地べたに押さえつけなくても、刃物持った強盗じゃないんだし」


「はあ?なに暢気なこと言ってんですか?女性が触られたんですよ?公然猥褻で引っ張れるレベルでしょ!!」


「まあ、確かにあの男は問題あるけど、ほらこういった商売だから……あまり……ね」


 いいたいことは分る。私が押さえつけるまでもなく私がスタッフルームに先に駈けこんで店長に声を掛ければこんな大事にならず店長が適当に宥めてすんだのだろう。


 私の感情にまかせたある意味"暴力行為”はとても褒められたものではないのかもしれない。


「まあ、でもよかったよ。これくらいですんで」


 そう言いながら、これ以上私を責めることもなく、苦笑いをしたまま店長はスタッフルームに戻ってしまった。


 ただ私は店長が去った後も、全く苛立ちがおさまらない。


 維澄さんも、まだ動揺して少し青い顔をしておどおどした頼りない表情をしている……


 私はその表情を見た瞬間、事もあろうか維澄さんを怒鳴りつけてしまった。


「簡単に男に触れられてんじゃないわよ!!」


 いきなり怒鳴られた維澄さんはさすがに面喰ったように目を見開き私を凝視した。


 私は例によっておそらく”眼付の悪い眼”でそれこそ鬼の形相で睨みつけていたに違いない。


 そうだ私の苛立ちの根源。


 それは私がずっと神聖視してた女性の身体にあんなくだらない男が易々と触れたことのへの怒り。


「もっと……自分のこと大事にしてくださいよ!」


 私はそう叫びながら……


 怒りのあまり最後には悔し涙を流してしまった。


「なんで、そんな私のことであなたが怒っているのよ?」


 維澄さんは、私の突然の激昂に……困惑しながら口を開いた。


「そんなの……好きだからに決まってるでしょ!!」


 私は興奮を抑えきれていなかったからのか、つい本音を口走ってしまった。


 一瞬”しまった”と思って動揺したが、すぐに”いや大丈夫だ”と冷静になった。


 私が今口走った”好き”という単語が、維澄さんに"愛している”という意味で伝わっているはずがない。


 これが異性に向けた言葉なら伝わり方もまた違ったものになったのだろうが。


 私がモデル時代のIZUMIに憧れいたことは既に知っている訳だし……


「な、なんでいきなり……す、好きとか!?」


 そう言った維澄さんは少し赤面しているようにも見えた。


 あれ?……


 維澄さんなんでそんなにうろたえているの?



 もしかして少しは動揺してくれたのかな?


 そんな訳ないか。ついつい都合よく解釈したくなる自分が嫌になる。


「私にとっては……怒るくらい重要なことってことですよ」


 私は自嘲気味に、そうつぶやいた。


「ごめんなさい。私の勝手な想いなんで気にしないでください」


 さっき興奮してしまって感情の高ぶりの行き場がなくなり、急に悲しくなってしまって言わなくてもいい、そんなことまで言ってしまった。



 維澄さんは少しだけ戸惑った様子だったが……


 遂にそれ以上、言葉を発することはなかった。

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