第10話 自覚と不安
会ったこともない、憧れの有名人に対するイメージなんておおよそアテなるものではない。
特に維澄さんのようにほとんど情報がなくて、”謎めいた”という先入観に包まれてしまうとなおさらだ。
その”謎めいた”雰囲気というのは極限まで増幅され、ついには大げさ過ぎるほどに神聖化されてしまう。
私だってそんな虚像に騙されるものかと思っていたが、知らず知らず自分のイメージが膨らんで勝手なイメージを作り上げていたことにようやく気づく事になった。
私がレジで怒鳴りつけたことによって始まった維澄さんとのファーストコンタクト。
それをされた相手が当然とるであろう”拒絶”の反応は、ある意味私がいままで抱いていた「謎多き過去のある女性」というイメージと合致していた。
だから"焦り”はしたが、彼女のキャラに違和感を感じることはなかった。むしろイメージ通りだったと言っていい。
とにかく綺麗で、人を寄せ付けないような高みにいて、クールで、すぐにどこかに消えてしまいそうなはかなさがあって……そんなイメージだ。
しかし、そのイメージは私が最初にアルバイトのシフトに入った時の会話から徐々に違和感を持つことになる。
”なんかイメージと違うかも?”
そう感じた。
確かに外見の美しさは変わりようがない。
これについては神聖視していたころのモデルIZUMIのイメージがダウンすることは全くなかった。
ただ性格については、少し……いや"相当に”イメージが違ってきてしまったことに困惑してしまった。
一言で言えば……
維澄さんは少女だ。
よくも悪くも幼い。
感情がすぐに顔に出る。
本人もそれにコンプレックスを感じている。
維澄さんが最初に私に見せた「拒絶」とか「冷たさ」とか「儚さ」といった顔の表情。
これは本人的には”またやってしまった”という反省の念が強かったらしい。だからこそ、維澄さんは急に私に謝って来たのだ。
なんて分りずらい!!!あんな動揺して、落ち込んで損した!!
だから最近では、最初では考えられないような会話が維澄さんとの間で繰り広げられることになっている。
「碧原さん?一つお願いしていいですか?」
「え?……な、なに?改まって」
「これから維澄さんって呼びますけどいいですよね?」
「な、なんで急に」
「どうなんですか?また昔こ仕事を思い出すからヤダなんて駄々こねないでくださいね?」
「そ、そんなこと言わないわよ……すきにすればいいじゃない」
「はは……やった!じゃあそうしよう」
そう言って維澄さんは照れて赤くなる。
そう、最初は維澄さんがこんな顔するなんて思いもよらなかった。この反応なんて”どこのピュアな中学生ですか?”と突っ込みたくなるくらいにかわいい。
「じゃあ、私も檸檬って呼ぼうかしら」
そうするとこの
「なんで嬉しそうなの?」
いやバレてるし……。セリフはホント子供っぽいのに……声だけは大人っぽいアルト。だからそれ反則なんだよね。
こんなやり取りが増えて、維澄さんという人がいろいろ分かっきた。
こんな子供っぽいリアクションするのは、きっと社会にあまりもまれていない。
昔のモデル時代に何があったのかはもちろんまだ知らないし、私から聞くことは絶対しない。
きっとあの写真はずいぶん前……おそらく彼女のが10台の後半だと思う。
ならば10代から芸能界という社会経験積んで出ていれば、むしろ人より大人なのかと思っていたが……大違い。
私の感覚では、学校で会うどの友達よりも”少女らしい”のだ。
『すれてない』
この言葉が月並みだけど最もしっくりくる。
だから長女である私はいつの間にか年上の維澄さんに対して、”お姉さんキャラ”というポジションでふるまってしまう。
出会いの時、私がレジで怒鳴りつけて迫ってしまったとき、……きっとこの人の本心は恐怖に震え子供の用にドギマギと困ったんだろうなと思ってしまう。
申し訳なかったと思う。私の独りよがりでこんな素直な人を困らせてしまった。
ここまでは、想定外の"嬉しすぎる”誤算……
ただ、この嬉しい誤算とは裏腹に私の中でくすぶっていた不安は日に日に膨れ上がってくる。
モデルIZUMIなんて近づける可能性なんて「ゼロ」だと思っていた人。いや「可能性」なんてことすら考えもしなかった存在だ。
だから写真を眺めていた時には、いくら夢中になってもどこかリアルにならない安心感があった。
でも今は状況が変わってしまった。目の前には少女にようにふるまうIZUMIがいる。そう手を伸ばせば触れてしまう場所に。
おそらくもう、私の維澄さんへの想いはただの”憧れ”では納まりきれなくなってしまっている。
それはもう認めざるを得ない。憧れ以上の感情。
その正体は?
考えるまでもない。
私は維澄さんが好きなのだ。
男性に対して”好き”と言えばその持つ意味は確定する。
しかし同性にこの言葉を使ってもその意味するところはいろいろなニュアンスを持つ。
私が維澄さんに向ける”好き”はもちろん”ラブ”の好きだ。
大袈裟に”愛してる”といっても自分の心に全くの違和感を感じないほどにもう私の中では確定しまっている事実だ。
でも……きっと私の想いは維澄さんに届かない。
同性を愛することは今の時代、別に後ろめたさを感じることもないのだと思う。同性愛が市民権を得ているのは知っている。
しかし現実には、少数派は少数派だ。世間からの見え方なんて私はあまり興味はない。
単純な「確率」の問題として、維澄さんが女性の私を、私が思うように好きになってくれる可能性なんて呑気に期待することは全くできない。
つまり負ける可能性が極めて高い勝負が知らず知らずのうちにスタートしてしまっていたのだ。
それに私だって”同性しか愛せない”なんて自分でも分からない。
確かにいままでは男性を好きなったことはない。
いやそれを言うなら維澄さんを除けば他の女性をすきになったことだってない。
ただたまたま好きになったのが維澄さんで、その維澄さんが女性だっただけなのだ。
いつかは私だって好きな男性ができないとも限らない。
そんな風に思って、今は自分を納得させている。
現実的な将来の可能性として、彼女と”友達”になることは十分にあり得る。
友達になって一生関係を継続することだって全く現実味のある話だ。
ずっと友達。
そんな想像するだけでも心躍る。
”それで十分なんじゃないの?”という思いもある……
でも……
もし、維澄さんに好きな男性ができたら?
それを考えると気が狂いそうになる。
しかもこれは極めて可能性が高い予言だ。
私が最も恐れる可能性……
それだけは……
絶対にいやだ。
「どうしたの?”また”そんな暗い顔して?」
維澄さんは暢気にそんなことを聞いてくる。
本当のことを話せるはずもなく、私は無理に明るい、そして気持ちの悪い歪んだ作り笑顔で笑って見せる。
維澄さんも少しは私のことを心配してくれているのか……
維澄さんは私のそんな気持ち悪い作り笑顔を見てホッとした表情を見せてくれる。
そんな反応をしてくれる維澄さんに、私のこころはまたざわついてしまう。
維澄さんとの関係性は驚くほどに"いい方向”に向かっている。
でもそれとは裏腹に私の不安はますます大きなものになってしまっていく……
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