熟れた女
物音で目を覚ます。目を擦りつつ体を起こすと、布団が体から滑り落ちた。裸の肌に朝の冷気が染みる。
「起きた? 買い物行ってくるから、待っていて」
私服をまとった照川が振り返りながらそう言う。寝起きで思考が追い付かず、相変わらず綺麗な人だという感想しか浮かばない。その間に照川は出ていく。
とりあえず布団から出て服を探す。昨日脱ぎ散らかしたそれらは、ベッド近くに畳まれていた。隣には照川の私服が同じように畳まれて並べてある。下着は自分のものを身につけ、服はありがたく照川のものを借りる。ふわりと爽やかな香りがした。
キッチンに出て、水を一杯。冷え切った水が喉元を通り過ぎ、胃まで落ちていく。
「終わりにしよう」
ひとりでに呟いていた。
音の羅列を言語として解し、唇を引き締める。
コップを洗い、シンクの汚れを一通り落とす。確認するとゴミの日のようだったので、いっぱいになったゴミ袋をまとめて捨てに行った。掃除機を部屋全体にかけ、カーペットには粘着シートのクリーナーをかける。昨日よりしおれているように見えたので、鉢植えに水を与えた。
「ただいま」
そこまでして照川が帰ってきた。何事もなかったかのような表情で部屋に入ってくる。
「昨日は」
照川の人差し指が口に当たる。言葉を止めると、彼女はキッチンに消えた。
「あれ、ゴミ捨ててくれたのね。それに掃除も? ありがとう」
「いえ。泊めてくれたお礼と思って。勝手に申し訳ありません」
「ううん。ごはん作るから少し待ってて」
「いえ。もう帰ります」
視界に今着ている服が入る。
「服は……洗って返します」
申し訳ないが、ポストに入れてしまえばもう関わることもないだろう。
口早に告げて玄関に向かう。照川はついてきた。
「待って。これ」
そして手に何かがねじ込まれる。中を見るとメールアドレスが書かれた紙だった。
「せっかくの縁だし……。もしまた、淋しくなったら連絡して」
仄かに染まる頬。赤い唇。熟れた瞳。
優しくて、お人好しで、快楽に弱い女。
「はい」
こんなに可愛い人を放り出す人間はいない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます