純白

 息を吐く。白い。たばこの匂いがする。

 ひとまずマンションを出て、暗い道を歩く。スマホに手が伸びる。連絡先の中の『取引先相手』に電話を掛ける。三コールほど待って、電話を切った。

 笹本も相手といるのだろう。一方は追い出され、一方は愛し合っているという違いはあれど。

 白を吐き、あてどなく歩く。途中で公園を見つけ、忘れ去られたようなベンチに座る。尻の辺りがじんわりと濡れていく。昨日は雨だった。

空を仰ぐ。今日はオリオン座が見える。電灯に邪魔されて、それ以外は何も見えない。

 一、二、三、四……――

 星の数を数えてみる。数える前から答えは知っている。

 都会の喧騒に揉まれた空でも、綺麗であるとはどんな皮肉だろうか。

「大丈夫ですか?」

 左に目を向ける。暗闇でもわかる真っ黒で艶のある髪。カーテンのように視界に映る。そっと視線を上にあげていく。

「どこか具合……あら、あなたもしかして」

「え?」

「この前の結婚式! 来てませんでした?」

 朗らかな笑顔が向けられる。なんて眩しい人だろう。

 その思考から記憶が引きずり出される。あの結婚式で古川の隣に座っていた人だ。新婦だ。

「ああ、あの、翔太さんの……」

「そうです。照川美奈穂と言います。あ、今は古川ですが……。あなたは?」

「宮部真奈美です」

「やっぱり真奈美さん! しょうちゃんから時々聞くことあって、あと結婚式の時に仲よさそうに話してたから覚えていたの」

 綺麗に微笑む姿は、あの会場で想像した笑顔そのままだ。嫌味も嫌悪も感じられない。肌と同じで心まで純白そうな人だ。

 とりあえず真奈美も笑顔を返してみる。うまく言葉は出てこなかった。

「ずっと座っていたみたいだけど、気分悪いですか? 大丈夫?」

 心配するその表情も、それ以外の感情が含まれていない。どこまでも優しい人なのだ、この人は。

 だからこそぶつけようのない苛立ちが湧き上がってくる。

 目のあたりを押さえ、俯く。

「実は……恋人と喧嘩して……」

「まさか、真奈美さんを追い出したの?」

 か細い声で告げれば、照川は思った通りの反応をする。小さく頷いて、鼻をすする。

「女性をこんな寒空に……。よければ今夜は私の家に来る? 実はまだお互い一人暮らしなの」

「でも、こんな夜に……」

「大丈夫です。寧ろこんな夜に女性を一人放り出しておく方が心配だわ」

「ごめんなさい、ありがとうございます」

 小さく言えば照川は「謝らないで」と言いながら柔らかく肩を抱いてきた。手の下の口は思わず弧を描いた。

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