煙草

「たばこ吸っても?」

「どうぞ」

 下着一枚という姿の笹本がたばこ片手に問うてくる。隣でシーツにくるまる真奈美は、短く返した。笹本は箱から一本出したものを咥え、ライターを近づけ、止まる。視線を向けた先に、真奈美の上着があった。

「やっぱり外で吸おうかな」

「いいですよ。風邪ひきます」

 笹本と目を合わせて、ゆっくり口角を上げる。近くのテーブルの灰皿をベッドの上に置く。

「じゃ、お言葉に甘えて。というか敬語やめません?」

 腰をもとの位置に戻す笹本に、また笑いかける。笹本は「さいで」と言って、たばこに火をつけた。部屋の中に独特の匂いが漂っていく。笹本の口から白い煙が吐き出される。

 漂う紫煙を眺めていると、肩にかけたシーツがずり落ちた。床から拾いつつ、口を開く。

「意外でした」

「……ああ。まあ、そうですよね。普段は人前ではあまり吸わないんです」

 やんわり微笑むと、再びたばこを咥える。煙が部屋に生まれては、かき消されていく。たばこの先がじりじりと赤くなり、やがて灰になる。

「一本貰えませんか?」

「あれ、真奈美さんも吸うんですか?」

「日常的には吸わないですが」

 笹本が空いた手でたばこの箱ごと差し出す。軽く揺らして一本だけ飛び出させる。右手で髪を耳にかけながら、口でそのたばこを取った。笹本の咥えるたばこの先に、自らの先を近づける。

 笹本は目を細める。たばこの先が赤く色づく。赤が隣に移る。息を吸うと、メンソールの刺激が鼻腔を通り抜けた。久方ぶりのたばこは思っていたより喉に来る。咳き込まないよう息もつばも飲み下した。

「どうしてお相手にゲイと伝えたんですか?」

 出した声はかすれている。

「んー……女性を愛すのは最後にしようかなと、思ったんですよね。というかそれで忘れたかったというか、自分をごまかそうとしたというか」

「なるほど……」

「真奈美さんは? もしや同じだったり?」

「さすがに違いました」

 笹本の期待のまなざしに軽く吹きだす。左手で目の下をこすり、右手のたばこを吸う。真上に向かって煙を吐き出す。

 笹本はその様子をじっと追っていた。

「隠したかったんです、たぶん。相手にも自分にも。叶わないけど、捨てきれないこと、本当はわかっていたんです」

「うわーわかるな、その気持ち。どうにもならないですよね。だから次へ進んじゃって」

「お互い、ずるいんですよね」

「間違いない」

 二人して前を向いたまま笑う。同時にたばこを咥えて、笹本の方だけ終わった。灰皿で火を消し、そのままそこに置く。灰色の中に緑色が横たわる。千香の好きな色だ。

「……たばこ、美味しいですか?」

 笹本の小さな問いかけが部屋に落ちる。

「馬鹿みたいですかね」

 手元のたばこを見る。薄く煙がたなびいている。白は部屋の風景に溶けていく。

「そんなことないです。気持ちわかりますよ。それが正しいかどうかはわからないですが」

「ありがとうございま、あ」

 軽く頭を下げた振動で灰が素脚に落ちてくる。ティッシュを探して頭を動かす。すると真奈美の代わりに脚を拭こうとした笹本と、至近距離で視線が絡む。

 一瞬お互いに固まり、次の瞬間には唇が重なっていた。

 絡む舌と身体。このまますべて溶けてしまえたら、どんなによかっただろう。

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