笑顔

 全体的に暗めの照明と、窓から見える夜景。それを背景にした笹本。

 その骨ばった指先が上着に触れ、優しくはぎ取っていく。

「真奈美さんはこういうこと……まあそうですよね」

 お互いこういうことに慣れていなければ、わざわざ披露宴を抜け出してここまで来ない。互いの視線でそれを察する。

 しかし相手が男というのはかなり久々だ。そもそも千香と付き合うようになってからは控えていた。

「いいんですか? お相手にばれたら大変でしょう」

「あれ。わかっていたんですか」

「大体あたしと同じかなと」

 笹本が小さく笑って、ドレスのチャックを下ろす。大人しく袖から腕を抜く。すぐにブラのホックに指がかかる。その動作は思っていたよりぎこちなくなかった。

「真奈美さん、彼女さんにはどっちって言ってるんですか?」

「それもきっと同じですよ」

「じゃあレズって言ってるんだ」

「じゃあゲイって言ってるんですね」

 目が合い、同時に笑う。世のカップルがやるような微笑ましい物とは程遠い。厭世観と背徳にまみれた穢い笑いだ。

 笹本の唇が首元に降ってくる。口づけは甘やかだった。笹本の手つきはどれも優しい。

 あの人はどのように女性を抱くのだろう。

 ふとよぎる想像。同時に今の状況を改めて理解して、自嘲する。

 どうしてこうなってしまったのか。そんなことはとうの昔に考えるのをやめた。

 笹本の手が腹をたどり、胸に到達する。指先が円を描くように触れてきて、小さな吐息が漏れる。笹本の背に腕を回し、瞳を閉じた。

 誰かの笑顔が目の前をよぎった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る