こんばんは、

 きらびやかな照明が目を刺す。華やかな会場の中心から少し離れたテーブル席に、真奈美は座っていた。今は新郎新婦の軌跡をたどったムービーが流れている。

「古川さんの奥さん綺麗だね」

「うん。素敵な人」

 大学時代の友人が話しかけてくる。それに頷き、改めて奥さんを見てみる。

 ウェディングドレスと同化してしまいそうなほど白い肌に、真っ黒な髪を結い上げている。穏やかに微笑みながらムービーを眺めているさまは、綺麗という言葉がしっくりくる。

「あーあ。私も早く結婚したいな。真奈美は?」

「んー……まだいいかな」

「ふぅん……古川さんのことまだ引きずってる?」

「は?」

 鋭い発言に思わず顔をしかめてしまう。その拍子に長いイヤリングが揺れる。軽く結った茶髪が視界をよぎる。

「え? 好きだったんでしょ?」

「まさか。一番仲のいい先輩ってだけだよ」

「そんなもんかぁ……」

 友人は少し疑っているようだったが、これ以上掘り下げるものでもないと思ったのだろう。大人しくムービーの方に視線を戻す。

 もうムービーは終わるところで、そのあと新郎新婦が軽く言葉を発する。それから自由な時間になった。

「私、古川さんと話してくる!」

「あたしはいいや。行ってらっしゃい」

 同じ席の友人は駆け足で古川のもとへ向かう。新郎新婦はあっという間に各々の知り合いに囲まれる。同期や後輩が群がる中、隙間からその姿を見る。

 古川は昔の雰囲気のままだった。気さくな振る舞いや明るい笑顔、何一つ変わっていない。捨て去った思い出と、目の前の光景が重なる。

 そうして見つめすぎたせいか。不意に本人と目が合ってしまう。慌てて会釈をすると、手を振り返される。それだけにとどまらず、こちらに向かってきてしまった。

「真奈美ちゃん、久しぶり」

「お久しぶりです」

 低めのその声も変わらない。自然と笑みがこぼれるのも、あの頃と変わらない。そんな自分に若干辟易とする。

「ご結婚おめでとうございます。素敵なお相手ですね」

「おーさんきゅ、さんきゅ。真奈美ちゃんにそう言われるとなんか照れるなぁ」

「なんでですか」

 ふざけた返しにくすりと笑みを漏らす。

胸の辺りが熱くなる。全身が楽しいと叫びだす。激しい懐古が頭を打つ。

「翔太さん、こんなに結婚早いと思ってませんでした」

「なにそれ、どういう意味」

「恋愛と縁がなさそうだったので」

「生意気なこと言うなぁ。ま、事実だけど」

「やっぱり」

 披露宴には些か不釣り合いとも取れる笑い声が響く。慣れ親しんだ空気というのは、何年経とうとすぐに蘇る。嬉しさと寂寥が綯い交ぜになって、真奈美の胸中を漂う。

「しょうちゃーん!」

「あ、呼ばれてるわ」

「行ってください。ありがとうございました」

「おう! またあとで」

 小さくなる背中を見送る。すとんと椅子に着地し、しゃれたグラスのシャンパンを意味もなく揺らす。光に透かして淡い白色を眺める。液体ごしに古川の背中が見える。

 家に帰りたい。

 胸を突いて出た思いはそんなものだった。千香に会って、その柔い体を抱きしめたい。安心する空気に、そっと包まれたい。

「こんばんは」

 ため息を吐いた瞬間、隣から声がかかる。友人が消えて空いた席に、なぜか見知らぬ男が座っていた。

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