第5話


「お前は一体…?」


 アルドは目の前に現れた女性に問いかける。

 彼女は青年の方を向き直り、暫し考える素振りをしたあと、静かに語り始めた。


「そうだな…順を追って説明する。…が、その前に一つ断っておく。俺は合成人間だが人間を殺すことに興味はない。…信じて貰えないかもしれないが、俺は人間と合成人間が共存する道を探していた。…まあ今は計画が頓挫しているが…俺はまだ全てを諦めたわけではない」


「(ヘレナと行動していた穏健派の生き残り…ということか…)いや…信じるよ。そういう合成人間もいるってこと、オレはよく知ってるから」



「ごく僅かではあるが、合成人間の中にも俺の同志はいる…。…だが、圧倒的に煙たがる者の方が多いのが現状だ。まあそんなことにももう慣れてしまったが…」


 静かな機械音声だけがあたりに響いた。




◆◇◆


 廃道ルート99とエルジオンを隔てる、視覚出来ない無数のセキュリティ。

 それらに比べれば、遥かに薄っぺらな一枚の扉。その扉のすぐ側で、耳に響く大きな金属音が断続的に聞こえる。

 二人の合成人間が、一人の合成人間に対して一方的な暴行を加えていた。

 二人が一方的に暴行を加えている様は、諍いというよりリンチに近いのかもしれない。



「何が人間との共存だ!ガリアード様たちがいなくなった今、まだそんな世迷い言を語ってるのはテメエだけだぜ!」


「自分だけは特別だとでも言いたいのかよ?お前も合成人間ならよぉ、早く楽になっちまえよォ!!叶いもしない共存なんて甘っちょろいこと言うより、人間殺しまくったほうが遥かに生を感じられるってなァ!!」


 緩める気配のない暴力を受け止めながら、彼は静かに、落ち着いた声音で二人に語りかける。


「…それでは何も解決しない。あの方達の目指した理想郷は何も間違ってはいないのだ。…合成人間だろうが人間だろうが関係ない。皆が救われ、同じ未来を夢見るための道標だということに、お前たちこそ何故気付けない?」



「…綺麗事ばっかり並べやがって…。お前のそういう人間じみた正義を語るところが気に食わねえんだよ!」



 取り出した武器を二人が同時に振り上げたところで、暴行を受けていた彼は初めて身を守る体制を取った。



 大きく振りかぶった武器が、耳障りな衝撃音と共に上腕の金属を歪ませる。

 目の端でどこかのパーツが飛ぶのが見えた。反射的に行方を追って視線をずらしたところでほんの一瞬動きが止まる。

 視界の隅で世界を隔てる扉がスライドしたのが見えた。


 

 人間だ。



 そこには人間の老婆が立っていた。


 初めて見るであろう、合成人間同士のリンチに言葉を失っている。恐怖で立ちすくんでいるのかもしれない。



 彼は、稼働域の狭まった腕を庇うフリをしながら、二人の合成人間の間をすり抜ける。その間も暴行は絶えず続いているがかえって好都合だった。気取られないようゆっくりその場から距離を取る。


 暴走気味の合成人間がこの場で人間の存在に気付いたらどうなるか。そんなことは嫌というほどわかりきっている。







「あなた…大丈夫?」



 瓦礫に腰掛け、破損したボディのチェックをしていると、背後から震えた肉声が聞こえた。


「人間…まだ帰っていなかったのか。ここは老人が一人でうろついていい場所ではない」


「扉の近くを通ったら街の中まで聞こえるくらい大きな音が聞こえたから気になってしまって…。あなた壊されちゃったの?大丈夫?」


「替えパーツさえあれば問題ない。それよりお前、俺が怖くないのか?」


「さっきのあなたたちの会話も聞こえていたの…。それに…」


 老婆は目を細めて合成人間に微笑む。


「あなた、私に気付いて彼らを遠くへ誘導してくれたんでしょう?そんな人が怖いわけないわ」


「……」


「優しい人ね。…このまま恩も返さず、困っているのを放っておくことなんて出来ないわ。何か私にできることはないかしら?」




◇◆◇

 



「それが最初の出会いだった。俺と、お前の婆さんとの…」



 合成人間は言葉を続ける。


 青年は絵画を抱きしめ、静かに話に耳を傾けている。



「それから、ばあさんは頻繁にここに来るようになった。何度来るなと忠告しても全く聞こうとせずに…」



「そう…だったんですか…。ではあなたが、おばあちゃんの…」



「ばあさんは、お前の話をよくしていた」


「僕?」



「その絵も、ばあさんに見せてもらったことがある。もっとも、俺が見たのはその絵が載ったデジタル誌だったが…」


 


◇◆◇




「これ、見てちょうだい」


 老婆が差し出したタブレットには、美術雑誌の特集ページが表示されていた。


「『ミグランス朝期に活躍した有名画家…』これがどうした」


「それね、私のご先祖様なのよ。次のページを見て。…それ、私と孫が大好きな絵なの。先日記者の方がうちに取材に来たときの記事よ」


「俺には芸術は理解出来ない」


 合成人間の言葉に、老婆はけらけらと笑う。

 手にしたカップから温かい紅茶の香りがふわりと舞った。


「そんなのは理解出来なくてもいいのよ、私が見せたいってだけなんだもの」


「この画像も十分高解像度だ。色彩も絵の具の立体感もきちんと伝わっている」


 その言葉に再び老婆は楽しげに笑う。

 瓦礫の山に腰掛け、足元には歪な亀裂の入ったコンクリート。あまりにもその場に不釣り合いな、明るい笑い声だ。


「あなたにも一度本物を見せてあげたいけど…どうやってもエルジオンに入ることは出来ないものねえ…」


「…よくわからない」


「そうだ、まだ今日のお茶請けを出してなかったわね!今日はパウンドケーキを焼いてきたのよ。せっかくだからお茶も温かいのに入れ替えましょう」


「だから俺には飲食に準じた機能は搭載されてはいないと何度も…」


「だって私だけ食べるなんて出来ないじゃない。雰囲気よ、雰囲気」


「…雰囲気というのであればエルジオンに戻ることを強く推奨する。光量、酸素濃度、人口密度、あらゆる点においてここより遥かに優っているのは明白だ」


「そういう小難しいことはわからないわ。私はただ、お茶飲み友達とお喋りしに来ただけなんだもの」


「………」


 手付かずの紅茶を取り替え、せっせと菓子を取り分ける老婆の姿を、合成人間は何も言わず見守る。


「…俺も、他の合成人間たちから散々変わり者だと言われてきたが、お前も相当変人だな」


「ふふ、うちは代々世話焼きでお節介で変わり者の家系なのよ。……実は、あなたをみてるとね…。…孫の小さい頃を思い出すのよ」


「…合成人間に幼児期は存在しない。初めてブートした瞬間から今まで、変わらずこの姿だが」


「ふふ、見た目の話じゃないわよ」


 どうぞ、と紅茶とケーキが目の前に置かれる。  

 温かな湯気が合成人間のボディを曇らせては空気に混じって消えていく。



「貴方も、うちの孫も不器用というか。初めてあなたを見た時に思ったのよね…。…まっすぐな心があなたたちの素敵なところよ。これからも大切にしてほしいわ」


「合成人間に心は存在しない」


「そうかしら。私にはじゅうぶん、合成人間にも心があるように思えるわ」


「そのようにプログラムされているだけだ。俺を作り、先導してくれた方の思想が学習機能によって反映され、影響を与えている可能性はあるが…。ただそれを忠実に守っているだけに過ぎない」


「じゃあ人間の心と何が違うのかしら。人間の心だってどこに存在するのかなんてわからないわ。あなたたちのプログラムと何も違いはないでしょう?」


「……」


「感情もそうね。豊かな人、乏しい人、いろいろいるけど、個々の思想と環境の影響が大きいと思うわ。環境によって構築され、変化していく。それってあなたのいう学習機能と同じじゃないかしら?」


 老婆は一口紅茶をすすり、ケーキを咀嚼しながら首を傾げる。


「そう考えると、人間と合成人間の違いってなんなのかしら?生の肉体の有無…シチズン・ナンバー…。でもこのエルジオンを生きていると、生の肉体に本当に意味があるのかも疑問に思えてくるわよね。では、真の意味で合成人間と人間を分け隔てているものって何かしら」



「…お前は時々、年老いてるとは思えない発想をぶつけてくるな」



 合成人間の言葉に、老婆は悪戯っぽい笑みを見せて答えた。



「逆ね。どんどん頭が固くなってきてるの。自分の答えを如何に曲げないで相手を納得させるかってことばかり考えてるのよ」







「これがね、私の若い時。隣にいるのはおじいさん」


 老婆は手にしたホログラム映像を指差して微笑む。

 傍らにはクッキーが置いてある。合成人間の前も同様だ。


 合成人間は映像を見つめたまま動かない。

 突然固まってしまった合成人間の様子に老婆は首を傾げる。


「どうかした?」


「いや…。我々は人間の記憶に関わるもの…思い出の品に惹かれてしまうようなのだ…。これも…見ていると何かが満たされるような気になって…」


「そう…そうだったの…」


「自分たちでもよくわからないのだ。我々には記憶も感情もない…何故…スーべニールは…こんなにも…」


 合成人間の姿がどろりと溶けて空間に沈んだ。


 替わりに目の前に現れたのは、老婆の手にしたホログラムに映った人物そのものだった。


「え?!お、おじいさん?!どういうこと?!


「光学迷彩の応用だ。ボディの反射光を視覚出来ない波長にし、代わりに超高解像度の3Dのホログラムを空間に投影している。実在するようにみえるだろうが、目の前にいるのはただの幻で実態はない」


 男性の姿がノイズと共に歪んで消える。次は映像の中で男性の隣に立っていた女性が姿を表した。


「まあ、今度は私?!」


「…姿を模写することで、得られるものが何かあるかと思ったが…」


「あなた凄いわねえ!!何でも出来ちゃうのねえ」


 まじまじと3Dホログラムの女性を覗き込む。


「ふふ…若い頃の自分が目の前にいるって、なんだか不思議な気分ね」


 老婆は感心したように全身を観察している。


「なんだか孫のお遊戯会を見ている気分ね。…ふふ、年甲斐もなくはしゃいだものだから、少し胸が苦しくなってきちゃった」


「ああ、ちょうどそろそろ帰宅する時間だろう。戻るといい」


「あら、もうそんな時間なの…。じゃあぼちぼち帰ろうかしらね…」


 手慣れた様子でティーセットを片付け、そそくさとその場を去る。

 合成人間も再びいつもの姿を表した。


「それじゃ、また……。うっ…」


「おい、どうした。転んだのか?」


 突然その場でうずくまった老婆に、合成人間が声をかける。


「いえ、……そうね。ちょっと地面の亀裂に躓いちゃったみたい…。じゃあ、またね」


 いつもであれば、しつこいくらい後ろを振り返りながら帰る老婆が、一度もこちらを見なかった。若干の違和感を感じつつも、人間のルーチンが絶対ではないと学習していた合成人間はすぐに納得し、踵を返した。そんないわゆる「人間らしさ」というものを教えてくれたのも老婆本人だった。


 老婆の座っていた瓦礫に、何かが置いてあるのを見つけた。

 近づいてみると、老婆が見せてくれたホログラムの機械だった。


「珍しいな忘れ物とは…。追いかけるか……?…まあいい、次に来たときに返すことにしよう」




◇◆◇




「…それ以降、ばあさんがここを訪れたことはない」


 誰一人口を挟まず、ただじっと合成人間の言葉に耳を傾けていた。


 しばしの沈黙の後、青年が声を絞り出すように呟いた。



「……すみません…残念ながら、祖母は少し前に…」


「知っている」


「えっ?!」


 合成人間の返答に、青年は伏せていた顔をあげた。


「少し前に、ここを通ったハンターたちが話しているのを聞いた…」




◇◆◇




「そういえば、ここに出入りしてた婆さん、最近見かけないな」


 ハンターの男二人は、工業都市廃墟方面へ歩を進めながら会話を続ける。

 

「ああ、あの婆さん亡くなったらしいぜ」


「えっ!?…まさかここで合成人間に…」


「いや、持病が悪化してそのまま…ということらしい。俺も偶然知って驚いたよ」


「そうか…。まあ声を掛けたことがある程度で親しいわけではなかったが…。それにしても、こんな所で何してたんだろうな。頻繁に出入りしてたみたいだけど」


「噂じゃこの辺の野良猫に餌やってたって話だぜ。今、遺された孫がその猫を必死に探してるんだと。…なんでも有名画家の子孫で、家に値打ちものの絵画がごっそりあるって話だ」


「へぇ、値打ちもの…ねえ…」


「ハンター業も最近は思うように稼げねえしな…。おい、ちょっと一枚噛まねえか?」





 二人の姿が見えなくなったあと、物陰から合成人間がゆらりと姿を現した。



「…そうか…。あのばあさん、死んだのか…」


 返しそびれてしまったホログラム照射機を取り出した。

 彼にとって初めて得ることが出来た、生きた人間との交流。


 直接人間と関わることで、データベースだけでは知り得ない人間の実態を知ることができた。

 人間への理解を深めることは、合成人間と人間の違いを比較し、分析出来ることに繋がる。


 人間という生物を知ることが出来れば。

 

 人間を理解する糸口となれば。


 共存を目指す社会を作ることも少しずつ現実に近づくのではないかと考えた。


 でもあと少し足りない。

 老婆との関わりで得られたことと、逆にわからなくなったこと。それらをまだ掴めていない。

 

 そんなことを考えながら、廃道ルートを当てもなく彷徨っていた。


 突然、辺りに青い光が溢れる。

 稲妻を纏った青い渦は、合成人間に状況を理解する間を与えることなくその体を飲み込んで、そして何事も無かったかのように消えた。


 




 視覚センサーいっぱいに広がる青い光が落ち着いた時、彼は初めて見る光景に一瞬自分がエラーを起こしたかと錯覚した。

 飛び込んできたのは知識でしか知らない「自然」の世界。



 古代・ティレン湖道の一角に、彼は立っていた。



「なんだ…ここは…?…昔、データベースで見たBC2万年頃の光景に酷似しているが…」


 状況を理解しきれないでいると、少し離れたところから人間の話し声が聞こえた。


「…この姿では問題があるだろうし、とりあえず姿を消して…。情報を仕入れるためにもホログラムは出しておくべきか」


 合成人間の姿が消える。僅かなノイズと共に、AD1100年頃の女性の姿が現れた。


「…咄嗟にメモリーから一番直近のデータを選んでしまった…。…ばあさん…。少しの間だけ姿を借りても良いだろうか…」


 ホログラムを操作し、ティレン湖道を何度か行ったり来たりさせる。


「陽の光と水の反射が邪魔をして思うように照射できないな…。…調整が必要か」


 水辺ギリギリにホログラムを立たせ、映像の最終調整を始める。

 すると突然、背後からドタバタと駆け寄る足音が聞こえたと同時に大きな怒声が飛んできた。

 

「あんた!そんなとこでなにしてんだい!」


 

 振り返ると、中年頃の女性が凄まじい剣幕で駆けてくるのが見えた。


「身投げなんてバカなこと考えるんじゃないよ!」


「身投げ…?いや、俺…私はそんなつもりは…」


「えっ…?!そ、そうだったのかい。なんだ私はてっきり……ごめんね、勝手に勘違いしたりして…」


 女性はバツが悪そうに笑った。


「あんた…この辺じゃ見ない顔だね。それにずいぶん変わった服だ。どこから来たんだい?」


「……」


 彼(正確には彼の映し出したホログラムではあるが)は、静かに頭を左右に振った。

 自分が遥か昔の古代へやってきてしまったと推測はしているが、まだはっきりとした確証は持てずにいた。


「…そうかい。なにがあったか知らないけど、まあとりあえず一度うちにおいで。その格好じゃなにかと不便だろうし」



 女性の申し出に、やや間を置いてから今度は首を縦に振る。

 状況を把握のためにも、少しだけ身を寄せさせてもらうことにした。







「これ、私のお古だけど良かったら着替えて。私は少し用を済ませてくるからゆっくりしてておくれ」



 アクトゥールの女性の自宅へ着き、彼女はそう言い残して家を出て行った。


「…言うことを聞いておくか」


 用意された古代人の服を、本体の視覚センサーでスキャンする。

 ホログラムが着用していた服や装飾品がノイズとともに変化した。



「…やはりここは、AD1100年ではなさそうだ…。あの青い空間を通じて別の時代へ流れてしまったのだろうか…」


「おや、よく似合うじゃないか。待ってておくれ、簡単なものしか出来ないけど、すぐに用意しようね」


 女性は大量の食材を抱えて戻ってきた。

てきぱきと動く女性を眺めながら、湧いてきた疑問を口にする。


「……なぜ」


「え?」


「なぜ、会ったばかりの見ず知らずの…私にここまで…」


 女性は一瞬目を丸く見開いたあと、すぐに吹き出して豪快に笑った。


「あっはははは!!そんな、特に深い意味はないよ。私が何となく放っておけなかったってだけさ。元々世話焼きな性格だしね。あんたが気負うことじゃないよ」


 女性の言葉を聞いて、彼は少しだけ目を伏せた。


「…人間とは存外、同じようなことを言う生き物なのだな…」


「え?」


「いや、なんでもない…こっちの話だ」


「そうかい…。よし!お腹空いてないかい?苦手なものがあったら遠慮なく言うんだよ」


「いや、そもそも私に飲食機能は…」


「はい?」


「いや……なんでもない」


 鼻歌まじりに炊事を始めた女性の背中を見つめ、彼は小さく呟いた。





「人間には…時空を超えた量産型というものが存在するのだろうか…」









「ここは…。またさっきとは違う時代…なのか」


 古代に数日間滞在していた合成人間は、なんの前触れもなくまた突如として青い光に吸い込まれた。

 今度は海岸のような場所だ。

 本体の姿は隠し、ホログラムで辺りの様子を見る。


 すぐ側にいた男がいた。

 黙々と何かを描いている。


「うわっ!びっっっくりした…。きみ、どこから現れたんだね?!」



「その絵…」


「ん?ああ、これかい?ここから見た風景の絵さ。もう間もなく完成するところだ」


「(ばあさんに見せてもらった、あの絵…なのか…?)」


 ホログラムはただの立体映像に過ぎず、何かに触れたところで合成人間の本体にはなんの影響も無い。

 そんなことはわかりきっていたはずなのに、この時だけは、何故かあの絵に触れずにはいられなかった。


 姿の見えない合成人間と、ホログラム。二人の手が惹きつけられるように、描きかけの絵に伸ばされる。

 

「わわっ!お嬢さん、勝手に触られちゃ困…」


 男性は慌ててその腕を掴もうとした。

 が、触られるすんでのところで慌てて腕を引いた。


「?!…なっ…。お嬢さん…あんた…」


「!!(…実体が無いことがバレたか…?)」



「な、な、……何なんだ今のビリビリは!!!」


「……」


「君に触れる直前に!今まで感じたことのない感覚が全身を駆け抜けた!!まるで小さな雷にでも撃たれたような…!こんなことは人生で初めてだ!!」



「(電磁波か、微弱な静電気か…。稀に感覚の鋭い人間はそういった電波に敏感だと聞いたことはあるが…)」


「ちょっと君!そこに立って!!私の絵のモデルになってくれ!!今感じたこの衝撃を!!この手で描き留めなければ!」


「……は?」







「うおおお!!!」


 凄まじい勢いで何枚ものスケッチを仕上げていく男性を、ホログラムと合成人間は身動きもせずただ見ていた。


「(…なぜこんなことに…)」


「…長いこと絵に携わってきたが、こんなに誰かを描きたいと思ったのは初めてだよ」



「確か、自然に関連する風景しか描かない…のだったか」


 もし、以前老婆に見せられたデジタル誌に記載されていた画家と本当に同一人物であるならば…。

 合成人間は静かにメモリーに残っていたスキャンデータと照合を開始した。

 なぜかノイズまみれで解読できない箇所があるが、風景画を好んで描いていた、いう記述はかろうじて拾うことが出来た。



「私を知ってくれていたんだね。…そのとおり。人など描いても面白くないからね。私は私がしたいとをし続けるまで。まあ理解されないことも多いのだけど…君も自分の中で絶対に曲げられない何かを、一つや二つ持っているんじゃないか?」



「理解されない…曲げられない…もの…」



 合成人間と、人間の共存する世界。


 自分を作り出してくれた、あの方たちの理想の世界。


 それを口に出せば笑う者がいるのは理解っている。夢物語と言われ、否定され続けることに慣れてしまった自分がいる。

 そして、そういった嘲笑を完全に否定しきれない自分がいることにも、薄々気付いていた。




『貴方も、うちの孫も不器用というか。初めてあなたを見た時に思ったのよね…。…まっすぐな心があなたたちの素敵なところだわ。大切にしてね』



 老婆の言葉が蘇る。



 ……合成人間と人間が共に生きるという道は、途方もなく険しい道に思えていたが、案外シンプルな一本道なのかも知れない。





◇◆◇



 合成人間の語りが止まる。


「…(それで歴史が変わって…絵が描き変わったってことか)」


「…いろいろ信じられないことばかりの話だけど…おばあちゃんの友達だったんなら信じられる気がする」


「俺自身ショートしそうな出来事の連続だったからな…無理に信じろとは言わない」


「おばあちゃんは…亡くなる前日まで、あんたのことをずっと気にしていたよ」


「ばあさんが?俺を?」


「そう…。『あの子、私がいきなり行かなくなったからびっくりしてるでしょうねえ。せめて、最期に一言伝えてあげたかった』って」


「…何を?」


「『きっと大丈夫よって。あなたをわかってくれる人は絶対いる。だから自分の道を信じて生きて』と…。僕はてっきり野良猫相手の話だとばかり思っていたので…。それなら、僕が拾って育てて行こうと思っていたんです。…合成人間さん相手だったなんて、知らなかったとはいえおこがましい話ですね」


 そういって、青年は照れ臭そうに笑った。


「…やっぱり、ばあさんの言うことは、よくわからない」


「…ふふ、同じくです。僕もよく言ってました」



「…いつか、本当に共存の道が拓けたら…。その時は、お前の家にある絵を見せてはもらえないだろうか。人間を理解出来たら、次は芸術とやらを理解してみたいと思う」


「もちろん、大歓迎ですよ!…では、僕もたまに、ここにお茶しに来てもいいですか?美味しい紅茶とお茶菓子、用意してきます」


「だから、俺に飲食機能は搭載されていないと言ってるだろう。…ばあさんの菓子より美味いものでないと認めないからな」



 三人は顔を見合わせて笑う。

 明るい笑い声が、いつまでも未来の空へ響いていった。





ーーQuest Completeーー

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泡沫の肖像 追憶の先に ヒコ @coffeeeexxx

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