第4話
アルドは急ぎ未来へ戻り、青年の家へ向かった。
「おーい!あの絵の女性について少しわかったことが…って、あの絵は?!」
「ああ…アルドさん…」
憔悴しきった様子で、青年はぽっかりと不自然に空白が出来た壁の前に座り込んでいた。
前回訪れたときまでは確かにそこにあったはずの、彼とおばあさんの思い出の絵がさっぱり無くなっていた。
「おい、そこにあった絵はどうしたんだ?」
「ああ…あの絵は…」
言いかけて青年は言葉に詰まり、何かを飲み込んでから、絞り出すような声で吐き出した。
「…手放して…しまいました…」
「どうして?!大切な思い出がたくさん詰まった、特別な絵だったんだろ?!」
「…僕が、愚かだったんです…」
今にも泣き出しそうな顔になりながらも、事の顛末をアルドに教えてくれた。
◆
「あんた、ばあさんが可愛がってた猫を探してるんだろ?」
声を掛けてきたのは、ハンター風の男二人組だった。
どことなく含みのある笑みを浮かべた彼らに若干の不信感を抱きつつも、青年は正直に質問に答えた。
「ええ、そうですが…それが何か?」
「俺たち、その猫に心当たりがあるんだよ」
思わず青年は眉を顰めた。顔を見合わせて青年の反応を伺っている様子の彼等の言葉は、どんなに好意的に受け取ろうとしても信用できるものとは思えない。
「失礼ですが、祖母が他界してからというもの、私自身あらゆる手を尽くして当該猫の捜索に当たっておりますが、現状何一つ手掛かりらしい情報を得た試しがございません。…突然そのようなことを仰られても、手放しに信じる事は致しかねる…というのはご理解頂けるでしょうか」
青年は毅然とした態度で男たちを見据えた。
そんな反応すらも想定内といった様子で、二人組は話を続ける。
「あんたのばあさんが生きてた頃、俺たち実は会ったことがあるんだ」
「にわかには信じられませんね…」
「ばあさん、毎週決まった時間に廃道ルート99に行ってたろ?」
「…なぜ、その情報を…?」
「見かけるたびに『危ないから帰りな』って声をかけてたんだが、全く聞き入れてくれなくてな。何度か心配で猫がいるところまで送って行ったこともあるぜ」
「えっ、本当ですか?!」
「本当さ。ところが、ばあさん、亡くなっちまっただろ…?猫の方も急にばあさんが来なくなっちまったもんだからどんどん元気がなくなって衰弱してきてなあ…。俺たちも心配になったから里親を探すことにしたんだ」
なあ?と、側に立っていたもう一人の男に話を振ると、彼は頷いて話に入ってきた。
「ああ、今はイプシロン区画に住む猫好きの富豪に飼われてるよ」
「イプシロン区画?!…そうだったんですね…。でも今はそこで幸せに暮らしているというのであれば…私の出る幕は…」
「あんたが猫に会いたがってるって話をしたら、富豪の旦那は快く会わせてくれるって行ってくれたぜ。ただ…。その富豪の旦那はあんたの先祖の絵の大ファンなんだそうだ。あんたの家にある『セレナの風〜迅雷〜』…。あれを一度でいいから観たいと言っている」
「そんなことでしたらお安い御用です。いつでも私の自宅にお越し頂ければ…」
「そこが問題なんだよなあ」
二人組は仰々しく溜め息を吐き、わざとらしく腕を組んだ。
「旦那は身体が不自由な人で自宅の外に出ることは出来ない。でもどうしても「謎多き絵」を一目見たいと御所望だ…。そこで、俺たちから提案なんだが」
もう一人の男に目配せをする。
「あの絵を少しの間貸してもらえないか?」
「絵を、貸す?!」
「俺たちが仲介人になって旦那の邸宅まで絵を運ぶ。旦那が満足したらすぐに返しに来る。」
「でも…それは……」
言葉に詰まる青年の肩に、男は不自然なほど優しく手を置いて囁いた。
「ばあさんの遺言、叶えたいんだろ?」
◆
そこからの話はあまりにも早かった。あっという間に絵は持ち出され、あまりの手際の良さと説明の少なさに不安になって身辺を調査したところ、二人の情報は全てデタラメ。挙句、イプシロン区画にそのような富豪など存在せず、青年には絵を失った虚無感だけが残された。
「ひどいな…なんでそんなこと…」
アルドは思わず顔を顰める。
「あの絵を欲しがっているコレクターやバイヤーは大勢います。恐らくそういった類いの連中でしょう…過去何度か今回のような詐欺の話もありましたが、全て未遂で終わっています…」
「じゃあどうして今回は…」
「だって、おばあちゃんの最後の願いなんですよ!」
声を荒げる青年の姿に、アルドは思わず言葉を飲み込む。
「僕は早くに両親が他界していて…祖父母に育てられたんです。おじいちゃんが亡くなってからはおばあちゃんが一人で僕のことを…。本当にたった一人の家族だったんです。それなのに僕はおばあちゃんに何も返せていない。…僕に出来る数少ない恩返しは、本当にこれだけなんです」
「そっか…」
「…すみません、アルドさんに八つ当たりするようなこと…」
「いや、あんたの気持ちはわかる気がする。…オレもじいちゃんに育ててもらったから…」
アルドはそう言って空白になった壁を見据えた。
「そのハンター風の詐欺師たちがどこにいるかわかるか?」
「え…。あ、目撃情報から推測するに、工業都市廃墟へ向かったのではないかと…」
アルドは、工業都市廃墟…と小さく呟き、正面扉へと踵を返した。
「あんたはここで待っててくれ。…オレが絵を取り戻してくる」
「えっ!?ちょっと待って下さい!それはどういう…」
呼び止める青年の声にアルドは振り向いて答える。
「あんたの気持ちはよくわかったし…困ってる人を放ってはおけないからさ」
それに…と一旦目を伏せたあと、晴れやかに笑ってアルドは言う。
「恩返しっていうなら、オレもあんたに貴重な絵を見せてもらった恩を返せてないだろ?」
青年は言葉を詰まらせながら、絞り出すように小さな声で呟いた。
「…おばあちゃんも同じことを良く言ってました」
大きく息を吸い、深々とお辞儀をしながら青年は続ける。
「ありがとうございます。…でも、これは自分で撒いた種です。…足手まといかもしれませんが僕も一緒に同行させて下さい」
「ああ、もちろんだ。また必ず、この場所にあんたの大切な絵を飾ろう」
「…よろしくお願いします」
二人は顔を見合わせて、エルジオンを駆け出した。
◇
工業都市廃墟のエリアBを進んだ先、エレベーターを降りたところに、絵画を抱えた二人組と、裕福そうな身なりの男がいた。
「見つけた!…その絵はイプシロン区画の富豪に観せるために借りたんだろう?なんでこんなところに運ぶ必要があるんだ?」
「なっ!?お前っ…!」
「…確認させて下さい。お話に聞いていた、例の猫…。その仔は今、どこにいるのでしょうか」
「ハッ、猫ぉ?そんな話嘘に決まってんだろ!」
「お前…っ」
アルドは男の物言いに、思わず顔を顰める。
「ばあさんを廃道ルート99で見かけてたのは本当だけどな!何の目的でわざわざあんな危険なところに来てたのかまでは知らねえな!」
黙ってやりとりを聞いていた富豪風の男が、不機嫌そうに二人組に歩み寄る。
「おい、もう金は払っただろう。夢にまで見たこの絵…。ああ、ついに!ようやく!私のものになったということで構わないだろう?!…こいつらを消せば、完全に交渉成立ということで異論はないか?」
富豪風の男がポケットから小さなリモコンを取り出し、ボタンを押す。
轟音と共に、上空から禍々しい何かが二体、殺気を纏って降ってきた。
一体は、絵画から人型の何かが這い出たような風貌。
もう一体は、土偶のような見た目の巨大な塊だった。
「?!あれはマクミナル博物館にいる魔物と…古代ガルレア大陸にいる土偶じゃないのか…?一体はともかく、どうして古代の魔物がこの時代に!」
アルドの言葉に、不機嫌そうだった男の顔が突然キラキラとしたものに変わった。
「ほう!さては君も美術品コレクターかマニアかな?その中世のコスプレもかなりのハイクオリティで素晴らしい!」
「いや…オレは別に……」
「この子達は私のセキュリティアンドロイドなんだ!身辺警護と自宅警備用のフルカスタムオーダーメイド!どうせなら見た目も美術品のように美しくしようと思ってね。スペックも最高グレードだぞ!」
饒舌に語り続け、一区切りついた段階で男は手を振り上げた。
「出会う場所が違ければ、良い友人になり得たかもしれない同志よ。ここでお別れしなければならないのが非常に残念だ。……さあ行け!跡形もなく駆除しろ!!」
男の言葉を合図に、アンドロイドたちが攻撃的な警告音を鳴らし始める。
同時に、男はハンターの二人組を振り返って叫ぶ。
「よし!あとはお前たちに任せたぞ!!」
「おい、あんただけ逃げる気か?!」
「金はもう払っただろう!!私の可愛いアンドロイドたちも貸してやるんだ!文句はあるまい?!」
走り去る男を追いかけようとしたアルドの前に、アンドロイドたちが立ち塞がる。
「くっ…!一気に片付けて、あの男の後を追うぞ!」
◇◆◇
…
……
………
最後のアンドロイドが倒れたのを見届けて、アルドたちは武器を収めた。
「ぐっ…」
「やっぱり悪事になんか手を出すんじゃなかった…」
アルドは青年を振り返って叫ぶ。
「絵は?!」
「それが…あの男が持ち去ってしまったようです…」
「…よし、詐欺師二人の処遇は後回しだ。まずは絵を取り返さないと…。すぐに追いかけよう!」
◇
富豪風の男は、息を切らせながら廃道ルートを駆け抜ける。
「へへっ、ここまで来れば逃げ切…っ?!」
背後を振り返りながら走っていた男は、目の前に現れた巨大な障害物にぶつかりかけ、すんでのところで立ち止まった。
「…ご、合成人間?!」
立ち塞がった合成人間は、男を静かに見下ろしている。
「それ…その絵は……」
「ひっ?!」
男が大事そうに抱え込んでいた絵に手を伸ばす。男も負けじと抵抗しようとしたが、呆気なく奪われてしまった。
同時に、男の背後から複数人がバタバタと駆け寄る足音が響いた。
「アルドさん!いました!」
「よし、追いついたぞ!!」
「クソッ!こんなときに…!」
男は、目の前の合成人間が手にしている絵にむかって、果敢に飛びかかった。
合成人間は全く気に留める様子もなく、男の手の届かない位置へ絵を掲げ、じっと観察を続けている。
おもちゃを取り上げられた子供のような様子が滑稽だ。
「私がこの絵のためにいくら注ぎ込んだと思ってる!!これは私のものだ!返せ!!」
「お前のもの、だと…?」
合成人間のアイセンサーが、ギラリと光る。
その様子を見て、アルドはかつてエイミの母親が遺したサウンドオーブを巡る合成人間との戦いを思い出した。
「…まずいな…」
「えっ?」
「合成人間は人の記憶や想いが篭ったものに惹かれる習性がある…あの絵も、もしかしたら合成人間にとって何か惹かれるものがあるのかもしれない…」
アルドは合成人間と男に向かい、再び剣を構える。
「おい、その絵を返してくれないか。…出来れば不要な戦いはしたくない」
「…この絵の持ち主は、本当にお前なのか?」
合成人間はアルドを一瞥したあと、男に向かって問いかけた。
「そうだ!私が大金を叩いてようやく手に入れたのだ!!紛れもなく私のものだ!」
「ち、違います!!」
青年はそう叫ぶと、手足を震わせながらアルドの前に一歩進み出た。
「それは…その絵は…僕と祖母の大切な思い出であり、宝物なんです…。…僕にとってかけがえのない、本当に本当に大事なものなんです。…お願いですから、返しては頂けませんか…」
合成人間は、二人の男を何度か見比べ、そして少しの間の後、手にした絵画を青年に向かって差し出した。
「…お前か…」
青年は震える手でそれを受け取ると、へたりとその場にしゃがみ込み、絵を胸に強く抱きしめた。
「ああ、ああ…ありがとうございます…!良かった…本当に…」
「…俺は、お前に…」
「ふざけるなああああ!!!!」
合成人間の言葉を遮るように、男の怒号があたりに響く。
「それは既に私の物だ!!私が!金を出して手に入れたものだぞ!!」
合成人間相手に今にも殴りかかりそうな剣幕だった。合成人間が手を出せば、一般人などひとたまりもない。
アルドは男の身の危険を思い、思わず止めに入る。
「なあ、あんたのものだと言ったって元はと言えば盗品だろ?それが本当の持ち主のところに戻ったんだから…。確かにそういう意味ではあんたも被害者なのかもしれないけど…」
「盗品だろうがそんなことは私には関係ない!金を払った時点でその絵は私の所有物だ!今更横取りなど許されてなるものか!」
「そんな理屈が通るわけないだろ!!」
「…人間とは、ここまで多種多様な…ユニークな生物であったのか」
男の物言いにアルドが声を荒げるのをみて、合成人間が口を開く。
「知れば知るほど謎が深まる。類似性を感じたり、相違点ばかりが目立ったり、衝撃を受けたり。そして遥か遠い存在だと痛感したり。本当に不思議な生物だな、お前たちは」
眉根を寄せ、男は不快感をあらわにしながら合成人間を睨め付ける。
「…なんの話だ…?」
「それでも俺は…俺の道を曲げない。自分の答えを曲げず、相手を納得させる」
「だからなんの話をしている?」
「…お前、この絵はお前の物だと言ったな?」
「そうだ!これは俺が買った!だから既に俺のものだ!」
「この絵の所有権は元々そっちの男にあるだろう。…俺はそれを知っている。そしてその権利をそいつが易々と放棄するはずがない。…こんなことをするのは本望ではないが…もし邪魔をするのであれば…」
合成人間はいつの間にか取り出していた、ギラリと光る斧を振り上げた。
「最終手段に出ることも厭わない」
「ひっ?!う、うわあああああ!!」
「っ!やめろ!!」
アルドが剣を構えるより先に、男は這う這うの体で何処かへ行ってしまった。
その後ろ姿が見えなくなったのを確認し、合成人間はそっと武器を下ろした。
「…怖がらせてすまなかった。本当に襲うつもりなど毛頭ない。ただの脅しだ」
「お前は…普通の合成人間なのか…?随分、他の奴らと感じが…」
アルドの問いに、合成人間は少し思案するような様子を見せ、答える。
「普通か…と問われれば、否と答えざるを得ないな。…おい、お前」
合成人間は、青年の前に歩み寄る。
「お前に、これを…」
そう言って差し出されたのは小さな機械だった。
「これは…ホログラム照射器?」
青年がスイッチを入れると、空中に男女の立体映像が映し出された。
「えっ?!この女性は…?!」
未来人の服を着ているが、まぎれもなく絵に描かれた女性がそこには映し出された。
その途端、合成人間の姿が歪み、姿が消える。僅かなノイズののち、目の前に現れたのはたった今ホログラムで見た女性…古代の衣装を纏った、あの絵の女性、その人だった。
「それはお前のばあさんのものだ。…ようやく返せる時が来た」
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