碧羅の天は狼月に恋をする

「あーあ、趣味悪いわァ。あの人間、勇者よ? 殺しておけばよかったのに」

「ふん、興が削がれるようなことを言うでないわ。あの女、なかなかの上玉よ」

「だからァ? 殺して食事にでもするワケ?」

「……貴様なんぞにはわかるまい」

「あーら心外。アンタにだってわかんないこと、あるんだからね」




 黒い装束をたなびかせて、我が"勇者"は闇に解けた。

 最初は、ただからかってやろうと思っただけであった。"白"の勇者とはどのようなものかと。つまらぬ存在であれば喰ってしまえ、そう思っていた。


 降り立った庭は、人間が手入れしている割にセンスの良いもので、満開の薔薇は妾の気分を高揚させるには十分なものだった。

 勇者とやらはいつ姿を現すのか、上がる口角を隠すことなく薔薇と戯れていると、存外早く鋭い声がかかった。


「待て!」


 振り返った先にいたのは、短く刈られた燃える赤髪に、闇夜を照らす月色の瞳。

 真っ直ぐな道のように、妾を射抜く強い瞳。


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 目が合ったのは全てを包む碧羅の瞳。金色の長髪は、まるで太陽の鬣。

 夜色のドレスに赤いパニエ。薔薇を象るヒール。

 

 ああなんて。

 

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 からかってやろうと、そう思っていたのに。

 興味を引かれなければ喰らってやろうと、ただの真新しいおもちゃを見つけた子供のように、遊びに来ただけだと言うのに。


 なんて、なんてことだ。

 

 妾は、その狼月に恋をした。


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 不振な者がいたから、人目で魔族とわかるものが庭にいたから、追いかけただけ。

 あわよくばその首を取ってしまおうと、剣に手をかけていた。なのに、なのに、なんということだ。

 

 俺は、敵であるはずのその碧羅の瞳に、射抜かれた。

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