恐怖の種が蒔かれる話 #3.5

 突然だが、恐怖というものがというものがどうやって伝わるのか、知っているだろうか? その最もたるいい例を、今からご覧に入れようと思う。

 

 

 


 とある酒場、とある民間人の、たわいもない噂話。





 

 よォ、聞いたかよ? プレラティ様ンとこに産まれた、勇者とかいうガキの話。

 

 おー、聞いた聞いた。あれだろ? 魔王を打ち倒せるかもしれねえ人類の希望サマ、なんだろ? 侯爵家に産まれて、そんなすげー力持ってんじゃあ人生安泰で羨ましい限りだぜ。

 

 いやそれがそうでもねえらしいぜ? まあ、俺も聞いた話なんだがよ、どうにもそのガキ、呪われてるとかなんとかって領主様が殺そうとしたらしいんだ。

 

 呪われてるぅ? なんで? 自分の妻と引き換えに産まれてきたからか? そりゃ残念だがよォ、妻の置き土産にそりゃあねえだろ。

 

 俺も最初はそう思ったんだが、なんかこう、異常らしいんだわ。確かどこだっけな、ああそうだ、髪と目の色がちげえらしい。

 

 なんだ、緑髪紫眼じゃなかったってか? 今までだって黒髪やらなんやら産まれてただろうが。

 

 話は最後まで聞けよ! それがそのガキ、炎みてえに真っ赤な髪色してるんだと!

 

 ぎゃはは! なぁんだそれ! そんなんちょいと話し盛られただけの、ただの赤髪だろ? 珍しくもねえ! まあたしかに、緑髪の家系の緑髪同士で、どうやって赤髪が産まれんだよって話だがな! ははは!

 

 ばっかおめー話はこっからだっつの! そうだよ髪なんかは珍しくもねえよ。言っちまえば薬屋の店主、あいつだって赤髪だ。だがな、そこじゃねえんだよ、呪い子とか言われる所以はよ。

 

 ンだよ。そこまで言うなら勿体ぶってねーでさっさと言えよ!

 

 目が違うらしい。

 

 目ェ?

 

 なんでも色からしておかしいんだと。おめーよ、金色の目って見たことあるか?

 

 は? 金? 明るいアンバーとかじゃなくてか?

 

 金だよ。ホントの金。世界にゃ黄色の目なんかもいるらしいが、これがもう桁違いな色してるらしいわ。

 

 はー、金色ねえ。でも勇者サマなんだしよ、少しくらい人と違くてもおかしかねえんじゃねえの?

 

 そう思うだろ? だがその目がよ、狼みてえな、獣みてえな瞳孔してたら、おめーどう思う? 俺だったら腰抜かす自信があるね。

 

 ……狼? いやいや、冗談だろ? そんなんおめー、野生の、ホンモンの狼か魔物くらいでしか見た事ねえぞ。それこそ……魔王なんじゃねえのって話じゃねえか。

 

 だから領主様は、忌み子だ呪い子だっつって殺そうとしたらしいんだよ。このご時世だ、そりゃまあそうするよな。気持ちはわかる。

 

 ……で? でも結局生かしてんだろ? 勇者サマだからか?

 

 そうらしい。教会が直々に王室に掛け合って、国王から殺すなって勅令が下ってるらしいぜ。内密みてえだが誰かが漏らしたんだよ。

 

 産婆のばあちゃんあたりか? あのババア口軽いからな。

 

 かもな。……でもよ、どうする? 世界を、俺たちを救ってくれるかもしれねえって言われた救世主サマがよ、実は魔王の息がかかったバケモンだったら。今のうちに毒でも盛った方がいいんじゃ……。

 

 ばっか野郎どっかで誰かが聞いてたらどうする!? 密令だか勅令だか知らねえが、国が保護する程なんだろ!? 手なんか出してみろ……! 反逆罪どころじゃ収まんねーかもしれねえぞ!?

 

 わ、悪ぃつい……。

 

 ……国が動いてんだ、勇者さ。救世主だよ。そうに決まってる。そうじゃなきゃあ…………、俺たちはおしめえよ。

 

 ……。

 

 ……。

 

 カミサマとか言うの、別に信じちゃいねーけど、さ……。

 

 ……おう。

 

 今回ばかりは……祈らずにはいられねえわ……。どうか救世主でありますように、ってな。

 

 ……そうだな。……街に降りてきたりしたら、それも店にこられたりしたら、どうするよ。

 

 そりゃ、おめー……。

 

 ……。

 

 ……こえーこと言うなよ……。

 

 ……悪ぃ。


 ま、まあよ! ほら救世主サマだしよ! ンな気にするこたァねえよな! い、いくら目ん玉が変わってるって言っても、その、人をとって食うわけでもねえし!


 そ、そうだな! なんてったって魔王を打ち倒せるかもしれねえって勇者サマだしな! 何も脅えるこたァねえよな!

 

 ははは……。


 は、はは……。


 ……救世主、だよな……?


   

 さて、彼らの話している場所はどこだったか。賑わいに満ちる、下町の酒場。庶民たちの憩いの場。そんな場所で、人と人との距離が思うよりもずっとずっと近いこの場所で、これほどの大声で話し続けたならば、聞き耳を立てずとも耳に入るものはいるだろう。そしてその者はどうするか。簡単な話だ。酒の席の与太話といえど、これほどの肴はない。ならば当然、話すに決まっている。




 なあ、知ってるか? 領主様のとこの、救世主サマの話。

 


 こうして、人から人へ。街から街へ。国から国へ。恐怖というのは伝播するものである。たとえその"根源"に、敵であるという確たる証拠がないとしても。たとえその噂の主が、これから先の数年間、地獄と呼ぶにふさわしい日々を、ひたすら耐え抜くという、修羅の道を歩む者だとしても。その先に待つ勝利を、死に物狂いで掴んだのだとしても。誰も気にしない。気にも止めない。


 だってそんなことは関係ない。だって『怖い』のだから。だって『自分たちとは違う』のだから。

 たったそれだけで、畏怖し嫌悪するには十分すぎる火種となる。


 火のないところに煙は立たないとは言うが、火種さえあるならば、誰でも火は起こせるものなのだから。

 


 なあ聞いたか!? 例の"勇者サマ"、とうとう領主様をぶち負かしたってよ! まだ十歳のくせに!


 

 

 ああまたひとつ、恐怖の火種が生まれたらしい。

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