第10話 お婆ちゃん、魔女と戦う2
意地悪婆さんの頬は、意外と柔らかな触り心地だが、皮膚の張りはない。
こちらもほっぺたを引き伸ばされ、涙目になるが、気にしたら負けだ。
「ムニュムニュ」と相手の頬を引き回し、向こうの出方を探る。
その魔女の壮絶な戦いを、いつの間にか、ドームの入り口から出てきた男女が呆れて見ていた。
「危ないっ。魔獣が現れるわ。お婆ちゃん、危険よっ、そこを離れてっ」
突然聞こえた女性の声で、お婆さんは魔女の頬から手を放し、慌てて後ろへ飛び下がる。
それにしても、女性の叫んだ「お婆ちゃん」とは、どちらの老婆の事だったのだろうか?
お婆さんがそんな緊張感のない事を考えていると、さっきまでいた場所の地中から飛び出た魔獣が、大きく口を開けて地上のものを一口で飲み込んだ。
そのまま咀嚼しているようなので、飲み込まれたものが原形を保っているとは思えないが、あの歯並びならば、部分的には形が残るだろう。
それは、さっき地中に消えた気持ち悪いミミズのような形をした生き物だった。
女性が言うのに間違いなければ、この生き物は魔獣なのだろう。
偶然にも魔獣にひと飲みされて食べられたのはその場に残った意地悪婆さん・・・いや、魔女だった。
自分の召喚した魔獣に食べられるとは、間抜けな話であるが、本人が言っていたように、物忘れの一つだったのだろうと思う。
あの場で戦っていたお婆さんでさえこの魔獣がいた事を忘れていたほどだ。
相手の魔女の事をとやかく言えた義理ではない。
とにかく今は、目の前のこの気持ち悪い魔獣をどうにかしなければならない。
お婆さんとしては、いつもの狩りように魔法でサクッと倒したいところだが、精神的に嫌悪感があって魔法に集中できないのだ。
それを察してくれたのか、助けた男が死霊の使っていた剣を拾って、魔獣に挑みはじめる。
男が使っているのは、お婆さんが使った魔法のあの高温の中で唯一残っていた剣だ。
魔女の呼び出した死霊が使っていたものであるが、何らかの業物なのかもしれない。
それにしても、この助けた男の剣術には驚いた。
魔獣の攻撃を右に左に華麗なステップでかわしながら、魔獣に剣を突き刺している。
ただ、魔獣の皮膚は厚いようで、攻撃の効果が出ていないのが悲しいところだ。
あれだけの剣術が使えるのならば、相手が魔獣でなく、人間ならこんなに手こずることもないはずである。
それなのに何であんな老婆である魔女に捕まっていたのだろうか?
いくら剣術が優れていても、何らかの魔法を使われて魔女に捕まったのかもしれない。
魔女が若返るための素材なら、この男は他人の精に侵されていないはずだから、DTである事に間違いないはずだ。
体格や顔立ちも良いのに剣術も優れているなんて、DT脱却のベスト条件なのに、世の中とは不思議なものである。
「兄さん、そこを退いてっ。ファイヤーボール!!」
男は疲れてきたらしく、動きが鈍ってきたところに女性が魔法を放つ。
火の玉は、魔獣めがけて飛んでいき的確に命中するが、魔獣の少し皮膚が焦げた程度か?
それとも無傷?
判断できないくらいの悲しい攻撃だった。
それでも負けじと、魔獣に向かって何発も火の玉を放つ女性。
これでは埒があかない。
このままでは魔獣の餌になるのも時間の問題である。
「仕方ないわね。忍法、火の鳥」
「ボワッ」
空中に現れた燃え盛る何匹もの炎の鳥が、凄いスピードで飛びながら、口を大きく開けて襲い掛かろうとする魔獣の口の中へと飛び込んでいった。
お婆さんは女性の真似をして、この魔法を必殺技らしく叫んでみたが、結果としては「恥ずかしい」と感じるばかりだった。
それにしても、魔法なのに忍法と叫んでしまうとは我ながら情けない。
突然思いついたのが原因なのか、昔見た古いアニメの影響が出てしまったようだ。
お婆さんとしてみれば、何か自分の中にあった大切なものを失った気分がする。
(もう2度と技名は叫ばないぞ)
お婆さんは後悔しながらこの事を心に深く刻んだ。
丈夫な魔獣であったとしても、体の内部から燃えれば、皮膚の丈夫さなど関係ない。
魔獣は、お婆さんの魔法の火の鳥を飲み込んだ後に、転げるようにのたうちまわり、やがて動かなくなった。
「やったのか?」
(お兄さん、フラグを立てちゃダメだよ)
お婆さんは心の中で突っ込んだ。
男の発言でフラグがっ立ったのかわからないが、幸いにも、追加で何も起きては来なかったので良しとしよう。
「あのー。助けていただいてありがとうございました」
女性がお礼を言ってくる。
「ちょっと、あの家で休もうか?疲れたよね。私もヘトヘトだし」
そう言って家に向かって歩き出す。
「あの家は、魔女の家だろう?助けてもらい、疑うわけではないが、あんた、あの魔女と同じ仲間じゃないよな」
「信じられなければ、あの土のドームで休む?それでもいいけど、飲み物も食べ物もないよ。あっ、さっき狩ってきた獣の肉ならここにあるけど、調味料はあの家に行かないと無いね」
「お兄さん。助けてもらったのだから、お婆ちゃんを信用するしかないよ。あの時に死んだと思えば、もう一度死んでも同じでしょ」
「死なないから。私をあんな老婆と一緒にしないで。とにかく大丈夫よ」
戦いで、家から遠くまで離れてしまっているので、細かい話は家の中で話す事にして先を急いだ。
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