第9話 お婆ちゃん、魔女と戦う

 若返る魔法。


 確かにそんな魔法も本の中に書いてあった。


 清らかな成人の生命を、自分の物とする鬼畜な魔法だ。


 相手の命を自分に注ぎ、若返る秘術である。




(唾がかかると嫌だから、近くにいなくてよかったよ)


 お婆さんが緊張感もなくそんなことを考えていると、


「早く逃げろ。魔法が来るぞ」


 男が叫んだので、『ハッ』として我に返った。


 お婆さんが身構える前に、老婆から火の玉が飛んでくる。


『シュッ』


 という音とともに火の玉が飛んできた。


「危ないっ」


 魔女の放った火の玉を、お婆さんが『バコン』と片手で叩き落とし、地面を焦がした。


「アレッ?」


 とっさの出来事だったので、無意識に体が反応したのだが、流石にお婆さん自身も驚いた。


 この世において魔法を手で叩き落とすなど・・・考えられない暴挙である。

 



 

 これにはさすがの魔女も驚いたらしく、醜い顔が凄い表情になっている。


 それに、近くでこの様子を見ていた男は、あまりの出来事に空いた口が塞がらないようだ。


 異世界の常識を覆す行為だったのだろうか?


「もしかして、いけなかった?」


 念のため、聞いてみても反応はない。


「アンタ。何者だい?ワタシを討伐に来たのか?」


 老婆に凄まれても、怖くないし、違和感しか感じない。


「アンタって誰よ。私は単なる迷い人なんだからね」


 咄嗟に口から出た『迷い人』って、自分で言ってみて恥ずかしい。


「なっ、何じゃとー」


 そこ、驚くとこ?





 老婆はますます猛り狂い、火魔法を連発しながら風を纏わせ火魔法の威力を上げる。


「へえー、あんな使い方があるんだ」


 確かに火に風を送ると、酸素が供給されて火はよく燃える。

 

「ハッ、ヨッ」


 掛け声とともに炎を避けて、ついでに真似をして老婆へと火魔法を放ってみる。


「アチッ」


 いくつか撃った火魔法の一つが老婆に着弾したが、それほど威力がなかった。



 お婆さんが複合魔法を使うには少し早かったのかもしれない。


 確実に火魔法の練習不足だ。


「やるねー。でも、これならどうだい?」


 老婆がのってきた。


 楽しそうに魔法を放った先は、先ほど助けた男女の方向だ。


 卑怯にも程がある。


 知らない男女がこの魔法で殺されても、気にさえしなければ痛くも痒くも無いのだが、せっかく助けたのだから、目の前で死なれると寝覚が悪い。





 その時に咄嗟に出たのが、土魔法だった。


 土のドームが、男女2人を覆った。


 老婆の魔法は、このドームに弾かれる。


 何が何だか自分でもわからないが、まだ、危機からは脱していない。


「よくもやってくれたな?」


 老婆はますます怒り狂う。


 それに、やってくれたなって言われても、まだ、大した事はやっていないし・・・。


 相手が年寄りだと、どうも緊張感に欠けるのだ。


「これならどうじゃ」


 老婆の前に数十人の兵士たちが現れ、剣を持って迫ってくる。


 それはどれも生気がないし、動きも少し遅い。


 その兵士の後ろには、巨大なイモムシ?ミミズ?らしき長さ20メートルくらいの生物が現れた。


(死霊術?そしてこれが召喚術か?)


 などと、お婆さんが呑気に思っていると、先ほど現れた生物の先端に大きな口が開いた。


 口の大きさだけでも直径3メートルほどある。


 あんなのの餌となるなら、その辺の牛くらいでも一飲みにされるくらい簡単だろう。




 口の中に無数に見えるギザギザの歯が、見るからに気持ち悪い。


 ソイツは何故か土に潜っていった。


 あんな大きさの生き物が土に潜るとは、異世界って凄い。


 その様子を見ているうちに、死霊の兵士たちがだんだんと近づいてくる。


(ほほう。これが死霊術による攻撃なのね)


 本に載っていたのだが、死霊がイメージできず練習出来なかった魔法に、感動すら覚える。


 このまま何もしないと確実に危ないので、空の遙か彼方に無数の石を浮かべ、落下に任せる。


 軌道修正は、風魔法だ。


 重力で加速され、高温の火の玉となった石が死霊の兵士たちに降り注ぐと、一気に殱滅された。





 死霊の兵士たちがいた辺りには、無数のクレーターができて、地面までが黒焦げだ。


 お婆さんが使ってみたのは、本に載っていた極大魔法である。


 隕石の雨が降ったような、そのあまりの熱に、辺りの気温も爆上がりしたのが欠点だ。


 たかが石ころに、まさか、これほど威力があるとは思わなかった。


 この威力ならば禁術のページに載るのも納得だ。


 お婆さんと魔女との戦いは続いている。


 それにしても、先ほど放った極大魔法の威力は凄かった。


 単なる石ころを、高い空の上から落とすだけで、あんな事になるとは・・・。


 自分の魔法の検証をしていると、老婆が駆け寄ってきた。


「お前えぇぇぇー・・・・」


 あれから魔法を使わないので、魔力がそれほど残っていないのだろうと思う。


 召喚術を使った上にアレだけの数の死霊を使おうとしたのだから、多くの魔力が失われたに違いない。


 老婆はが掴みかかってきたので、こちらも徒手で迎え撃つ。


 といっても、自分もそれほど力があるわけではない。


「こいつめ。こうしてくれるわ」


 「みよーん」と老婆に私の両頬をつままれ引き伸ばされる。


 私も負けじと相手の頬を掴み、左右に「みよーん」と引き伸ばす。


 老婆だからか、弛んだ皮膚は本当にビックリするくらいによく伸びる。


 両頬を合わせると、顔の倍の長さになるのには驚きだ。


「いはーい。こいふめえ」


 『痛い。コイツめ』と言ったのに、間が抜けた感じになるので、これ以上は声を出さないようだ。


 少しは、羞恥心もあるのかな?




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