第7話 お婆ちゃん、異世界転移する2


 それから半日。


 流石にお腹が空いたので、お婆さんは勝手に火を起こして調理する。


 冷蔵庫に、発酵を止めるために入れたと思われるパンのタネのようなものがあったので、少し焼いてみると、辺りに小麦の焼けるいい香りが漂い、食欲を刺激する。


 そして、間違いなくパンが焼けた。


「ああ、美味しいわ。異世界でも美味しいものがあるのね」


 冷蔵庫内の野菜とパンでお腹も膨れた。


 それでも、この家の主人は帰ってこない。





 異世界に来たお婆さんは、そこで発見した見知らぬ家を調べていた。


(申し訳ないけど、勝手に家の中を探検するわね)


 そう心の中で謝って家の中を物色すると、塩漬けされた肉や干し肉などの保存食や、小麦粉や米も見つけた。


 具材を味付けするための調味料もふんだんにある。


 何もかもがきちんと整頓されているから、ここに暮らしていた家主は、几帳面で料理好きなのだろうと思う。


 鏡を見つけたので、新しい顔を見て見たが、少し美人かな?と感じるほどで、それほど目立った特徴も無く、以前あまり変わらなく感じた。


 と言うよりも、以前の顔があまり思い出せないので、神さまが何かの対策をしたのかもしれないが、ある程度整っているので、お婆さんとしては意外に気に入ったのである。

 




 お婆さんが家の中を調べてわかったのだが、どこにも水源は無いのに蛇口を捻ると水が出るのは不思議だった。


 これがこの世界の常識なのか、この家だけに存在するものかはわからないが、非常に便利だと思う。


 これなら水の心配をしなくていいので、思う存分体を洗えるし、洗濯も水汲みしなくていいので楽だ。


 家の中が臭わないので、トイレの汚物がどうなるかも謎であるが、そこは女性として調べたくは無い。





 ここまでくれば、完全なる泥棒だが、お婆さん本人には全く悪気はない。


 しかし、目を惹くものは見つからないし、家も狭いのですぐに調べ尽くした。


「んっ?」


 お婆さんは、床に敷かれた絨毯の端に違和感を覚えたので、気になって絨毯をめくると、そこに取っ手の埋め込まれた入り口が見つかった。


 恐る恐る中を覗くと真っ暗で何も見えない。


「お邪魔してまーす。誰かいませんかぁ」


 中に叫んでみたが、返事がない。


 誰もいないようだ。


(うふふっ。探検、探検)


 お婆さんは、嬉しくなって子どものようにはしゃぎながら、火を移した松明を持ってハシゴを降りる。


 梯子を下りた先にあったそこは、小さな部屋だった。



 住人はここで何やら研究していたようで、化学的なフラスコみたいな物などが整然と置いてある。


 お婆さんはこの部屋の中で見つけ、気になったいくつかの本を持ち出す事にした。


 家の主人を待つ間の暇つぶしには、ちょうどいい読み物だ。





 ハシゴを登って部屋へとると、ふっくらしたソファにゆったりと座り、お婆さんは本を開く。


 そこに書かれていたのは、魔法の使い方だった。


 表紙に手書きの文字で、『魔法入門』著者エイブルとある。


 こちらの文字が普通に読めるのも、神さまの仕業だと思う。


(神さま、ありがとう)


 心の中で、神への感謝を捧げ、その本に載っていた、簡単そうな指先に火を起こす魔法を試してみると、一瞬だが本当に手の平の上で「ボシュッ」っと大きく火が燃えた。


 火の勢いでお婆さんの前髪が少し燃えてしまい、髪の焦げた嫌なにおいが部屋全体に充満するが、お婆さんの興味が打ち勝ち、少しも気にしていない。


(あらっ、私にも魔法が使えるのね。面白いわ)





 あれから何時間経ったのだろう。


 夜は明けて、辺りは明るくなってきた。


 時折簡単な魔法実験をしながら、本を読み耽るのも何冊目だろうか?


 分厚い本を読みながら、もう3日もこの家で過ごしている。




 こうなると、まるで自分の家のように思えるほどだ。


 それなのにまだ家主は帰ってこない。


 そして、その夜に全ての本を読み終えた。


 年齢のためか物忘れが激しいはずなのに、全て覚えているのは、神様のおかげかもしれない。





 家の中ばかりだと気が滅入るので、お婆さんは、気分転換に家の外にあったホウキに跨って空も飛んでみた。


 うまくバランスが取れず、何度もホウキから落ちたが、少し練習すればもっと上手に飛べるだろう。


 これさえあれば、足の痛くなった移動も楽になるので、練習は必須事項だ。


 今のお婆さんにとって個人的には一番使いこなしたい魔法である。


 移動には、転移の魔法もあったのだが、行ったことのないところを転移先にするのはダメな様なので、便利そうで使えない魔法である。


 他にも使えない魔法をたくさん覚えてしまったが、いつか役に立つときもあるかもしれない。





 家の中には魔法の威力を高めるための杖も何本もあったので、良さげな物を見つけてお婆さんはくすねている。


 それにしても背丈ほどある立派な杖と、タクトの様な短く細い杖で威力が違うのだろうか?


 お婆さんの手癖が悪いのは誰のせいだろう。





 これだけ家の周りに何も無いと、魔法は気兼ねなく打ち放題である。


 本に載っていた極大魔法は全部やってみたので、少し辺りの地形が変わったが、お婆さんは植栽魔法で草を生やして誤魔化しておいた。


 復旧作業の必要はないのかもしれないが、この家の家主が帰ってくれば、何を言われるかわからないからである。





 それにしても、本には魔力切れの事が書いてあったのだが、全くそんなことは無いようだ。


 何が原因かわからないけど、お婆さんにとっては魔法が使い放題である。


 魔力が尽きなければ、それに越したことは無い。


 ここに居た数日で、本に載っていたことは大概やってみたのだが、ただ、相手を呪う事や、死者を使役する魔法は、流石に体験できなかった。


 知識は得たので、いつか使う機会もあるかもしれないが、それはいつかのお楽しみだ。












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