第12話 お婆ちゃん、街を訪れる



 そして、寝る前に明日の出発の準備をしようということになった。

 

「そうと決まれば、片付けだね。欲しいものがあったらなんでもこの袋に入れていいよ。私の魔道具だからなんでも入るし。あっ、生き物以外でね」


 金目のものがどれなのかさえもわからないが、とりあえず気になるものは全部袋に放り込む。


 お婆さんは、この袋を私の物と言ったのだが、実際はお婆さんがこの家で見つけたものだから、魔女の私物だったと思われる。


 それにしても袋の口より大きなものが、袋に入るのは不思議な現象だ。





 ソファーに絨毯。


 棚のコップに皿やスプーンなどの生活用品から不思議な蛇口まで、なんでもかんでも、袋の中へ。


 袋の中は、別次元の空間らしいが、生き物は入れない。


 思い浮かべるだけで袋から取り出せるのも不思議だ。


 この男女としては、特にほしいものはなかったらしいが、お婆さんの今後の生活に必要なものを中心に袋に入れたそうだ。

 

(なんていい子たちなんだろうね。よしっ、街に着いたらこの子たちの恋を応援してあげよう)


 お婆さんはそう決心しながら、残りの家財を物色していった。





 明らかに要らないものは、事前に土中に埋めていたし、必要かと迷うものも袋に詰めたので、結局、家にあった物のほとんどが袋の中へ入る事になった。


 残ったのは家本体のみ。


(うーむ、どうしようか?)


 思案の末、家までも袋に詰めることにした。


 この袋にどれだけはいるのか不思議だが、今のところなんでも入るので限界はないのかもしれない。


 もしも袋が満杯になれば、お婆さんの空間魔法でお婆さんの作った異空間に放り込めばいいだけだ。


 それに、見た目は小屋だが、魔法を使える今はこの家の凄さがわかる。


 耐熱、耐寒、防水、撥水、それに機密性に優れ、換気もコントロールされている。


 魔物や動物による物理攻撃を受け付けず、魔法や呪いにも対処されていた。


 旅の途中など、宿に泊まれない時には、役立ちそうだ。





 こんなによく作られた物をここに残しておくのも勿体ない。


 出発前に忘れないように、手の甲に家を持ち去ると書き残す。


 誰もが行う物忘れ対策だ。


 次の日、忘れずに家を仕舞う。


 移動用のホウキも魔女の家にあった数本の中からよさげな物を準備した。


 さあ、出発だ。





 昨晩の話し合いで、この2人が運ばれたように檻ごとほうきに吊るして運ぶ事になった。


 むき出しなので少し寒いのと、見た目は悪いが、移動は楽だし、地上を旅するよりもはるかに安全だし、何より速い。


 宿泊、それに食事や風呂などは、袋に仕舞った家をその場に設置すれば問題ないし、頑丈なので夜間の見張りもいらなくなる。



 目的地である街へ着くまで、たったの2日だった。


 これほど正確に街を目指せたのは、少女チグサの選んだ方向が確かだった証拠だ。


 ここに着くまでに、青年、少女2人とすっかり仲良くなったお婆さん。


 この旅の間に、2人は男女の扉を開けて大人になったらしいが、それをお婆さんは気づかないふりをしている。


 四六時中、年頃の男女2人で身を寄せていれば、お互い我慢できなくなるのも当然だから、お婆さんとしては、2人の淡い恋をそっと見守ったつもりになっていた。

 




 暫くぶりの街へ駆け出す男女を追いかけるように街に入ると、目の前に立体的な建物が立ち並んでいた。


 道沿いに見える建物は、どこも一階部分が店になっており、二階か三階建ての建物だ。


「おおっー。壮観だねー」


「お婆ちゃん。立ち止まらないで。街は後で案内するから。ほらっ、こっちだよー」


 孫のように若いチグサに手を引かれ、彼女たちの自宅へと案内されているのだが、いろいろ珍しい景色が目に飛び込んで、お婆さんはその度に足を止めてしまう。




 そこで気になったのは、噴水前で泣いている女の子だった。


 街の人は気づいているはずなのだが、知らないふりして通り過ぎていく。


「すまないが、ちょっとだけ待ってくれるかい?」


 そう言って手を振り解き、女の子へと駆け寄るお婆ちゃん。


「どうしたのかな?」


 女の子に話しかけるが、泣きじゃくるだけだ。


「お婆ちゃん。迷子なのかもしれないよ。役人のところへ連れて行こうか?」


 チグサがそう言うと、


「違うもん。迷子じゃ無いもん」


と、泣きながらも答える女の子。


「うーむ。どうしたものかねぇ」


 困ってしまった。


「ここで泣いてちゃダメだろ。人の邪魔になるし」


 女の子は、クルムの一言で、ますます泣き出す。


「ごめんね。このお兄さんの言い方が悪かったよね。でも、泣いたままだと何にも解決しないよ。何で泣いているのか私に教えてくれるかな?」


「ウッ、エッ、えーとね。私のせいで荷物が盗られたの。お父さんは荷物を追いかけて行った」


女の子は、泣きながらも教えてくれたのだが、よくわからない。


「ねっ、もうちょっと詳しく話せるかな?私たちが何かできるかもしれないから」


「そうだよー。このお婆ちゃん、魔法が使えるから話してみたら?きっと凄い魔法で解決してくれるよ」


 クルムさんや。

 勝手にハードルを上げるのはやめてほしいものだね。


 それにこの女の子の前で、否定できないのが苦しい。


 それを否定したなら、この子の希望は失われる。


 この子の話を聞いて、できる範囲でやるしか無いのだ。


 そして女の子は、泣くのを我慢して話し始めた。


 時折『ヒクッ』と嗚咽するのは、ずっと泣き続けていたためだろう。

 


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