第125話 GO TO 異世界

『GO TO 異世界』キャンペーンに踊らされたリバーステラからの来訪者たちのために、コテージがあるキャンプ場のようなものが城下町の外には用意されているという。

 来訪者たちは異世界旅行が目的であるため、カオスを寄せ付けないためのあらゆる手段が講じられ、指定区域内の安全は保証されているとのことだった。


 エブリスタ兄弟か、彼らが忙しいようなら彼らの部下にでも案内をしてもらうといい、と国王は言い、下がって良いと言った。


 ふたりが深々と頭を下げ謁見の間を出ようとすると、


「そういえば君たちの名前を聞いていなかったな」


 と、国王は思い出したかのように言った。


「大和ショウゴです」


「秋月レンジです」


 ふたりは名を名乗った。


「ヤマト……ヤマトか……まさかな。だが、顔が良く似ている……」


 国王の反応を見たショウゴは、自分が前の世界に転移した後で、父が本当に100年前にこの世界に転移してきたのだと確信した。

 だが、父が生きていようが死んでいようがどうでもよかった。

 リバーステラにいる妹さえ無事ならそれでいいと。


 父は一人目の転移者ということで、国王の記憶に名前と顔くらいは残っていたのだろう。


「秋月レンジくん、君とはもう少し話がしたいな」


 その証拠に、国王の興味はすぐにレンジへと移った。


 ショウゴはレンジを見たが、大丈夫とその顔に書いてあるように見えた。

 だから国王にもう一度深々と頭を下げると、ひとり謁見の間を出た。




 国王は、レンジとふたりきりになると、


「私はあまり好き嫌いはないのだが、200年近く生きてきた中で、どうしても好きになれなかった人間が3人だけいる」


 そう言った。


「ひとりは、私が先ほど口にした、君の国のかつての首相、タナカ・カクエイ。

 残りのふたりは、17年前に死んだこの国の大賢者ブライ・アジ・ダハーカ。

 そして、三日前に死んだ魔装具鍛冶のレオナルドという男だ。

 君が私を見る目は、あの小賢しい3人にそっくりだ。

 君は、私を馬鹿にして下に見ている。そうだろう?」


 レンジはどう返事をすれば良いのかわからなかった。


「無言も返事のひとつだよ、秋月レンジ君。私の言葉を、その通りだと認めていると言っているようなものだ。

 どうも様子がおかしいと思ったが……

 君たちは確かにリバーステラの人間だが、『GO TO 異世界』でリバーステラからこの世界に来たわけではないな?

 大厄災が起きる以前のテラから、大厄災後のテラに来た、そんなところか?」


 その言葉は、ありえないものだった。

 前の世界における大厄災は、術者以外のすべての人と、人が存在した痕跡を跡形もなく消す魔法だ。

 術者が新たな神となり、自らに似せて人を作り、新たな人の歴史を始める魔法だ。


 大厄災後の世界には、エブリスタ兄妹やアンフィス、アベノ・セーメーといった大厄災前の世界にも存在した者がいる。いた記録が残っている。


 だが、エブリスタ兄妹ですら、前の世界の記憶を持ってはいなかった。

 ふたりのように、自分やショウゴと出会ったことで、この男も前の世界の記憶を取り戻したのだろうか?



「当たりか。

 だから、自国の国益のためだけに、この世界全体を君たちの世界のゴミ処理場として差し出した私を、愚かな王だと見下していたというわけだ」


「あなたには、前の世界の記憶があるんですか?」


 レンジは尋ねた。


「前の世界の記憶、ね」


 国王は苦笑した。

 何がおかしいのだろう。


「生憎私にはこの世界の記憶しかない。

 だが、1ヶ月ほど前に、君と同じことを聞いた者がいた。

 アルビノの魔人の少女だった」


「ステラ・リヴァイアサンですね」


「やはり知り合いか。

 彼女は突然ここに現れた。

 君たちやリバーステラからの他の訪問者のようにゲートから現れたわけではなくね。

 私がこんな仮面で顔を隠し、声までも変えるようになったのはそのときからだ。

 なぜだかわかるか?」


「あなたは、国王ではなく替え玉であり、国王はすでに死んでいる。

 そして、ステラのように大厄災前の世界からこの世界に訪れる者ならば、あなたの顔や声、そして、あなたが何者であるかを知っている」


「さすがと言わざるを得ないな。

 そして、わたしは前の世界で大厄災を起こした者、つまりはこの世界の新たな神となった者のコピーらしい。

 ステラ・リヴァイアサンから、もし君が訪ねてきたときだけは顔を見せるように言われている」


 国王は、仮面を外した。


「私が誰のコピーなのか、私は知らない。

 ステラ・リヴァイアサンも、ブライも、レオナルドも、私のオリジナルを知っていたようだが、教えてはくれなかった。

 教えてくれないか、私は誰のコピーなんだ?」




「ぼくの父さんだよ」




 レンジは国王の仮面を外させることによって、ようやく父に騙されていたことを知った。




「この世界の神の名は、富嶽サトシ。

 たぶんあなたは、神となった富嶽サトシが、自らに似せて作ったはじまりの男だ」


 国王は、そうか、とだけ言った。



「ステラはどこですか?」


「100年前から世界各国に前の世界の記憶を持つ者が現れはじめた。

 その者たちは、神に仇なす者だとされている。

 神に仇なす者たちを閉じ込める牢獄として作られた場所が、聖書にあるバベルの塔だ。

 彼女はそこにいる。すぐに助けに行ってあげるといい」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る