第124話 謁見

「ようこそ。エウロペへ。

 私はエウロペの第255代国王、ラーガル・フリョ・トルムリン・エウロペ。

 エウロペは、君たちリバーステラからの来訪者を心より受け入れる」


 ようやく謁見の間に招かれたレンジとショウゴに、国王はそう言った。


 国王は、前の世界と同様、魔法大国の王にふさわしい美しい装飾の衣服を身にまとっていたが、その顔には翡翠色の仮面をしていた。

 色からそれが結晶化したエーテルで作られているのはわかったが、その素顔がレンジが知る国王と同じかどうかはわからなかった。


「ライト・リズム・エブリスタとリード・ビカム・エブリスタという双子の大賢者に君たちを出迎えに行かせたはずだが、会わなかったかね?」


 声も、おそらく仮面の中にボイスチェンジャーのようなものがあるのだろう、加工されたものだった。


 イルルから、エブリスタ兄妹が本来の姿である両性具有のアルビノの魔人に戻ったことや、前の世界の記憶を取り戻したことは口止めされていた。


「二大賢者様には、国王陛下との謁見の間へと繋がる魔方陣(ワープポイント)まで案内していただきましたが、急な仕事が入ったとおっしゃられまして、ぼくたちふたりだけで陛下にお会いするようにと」


 ショウゴがうまくごまかしてくれた。


「そうか、それはすまない。

 それに私も、異世界からの客人をもてなすというのに、このような仮面をしていて申し訳ない。

 一応これでも国王でね。

 異世界からの来訪者だけでなく、この国の民にも顔を見せるなと、大臣たちがうるさいのだよ」


 かまいません、お招きいただきありがとうございます、とショウゴは丁寧に頭を下げた。

 レンジもそれに続いたが、彼は国王が民にも顔を見せられない理由を考えていた。


 暗殺、クーデター、テロ、そのような物騒なことへの対策は城内のワープポイントで十分なはずだ。

 一度でも間違えば、永遠にあの無限ループする空間をさまよいつづけることになるからだ。

 身内の反逆をおそれているのだろうか。

 いや、今国王が口にした大臣をはじめとする側近たちはさすがに国王の顔を知っているだろう。

 他に隠さなければいけない理由があるのだ。

 たとえば、目の前の男は本当の国王ではなく、国王はすでに暗殺されているなどといった理由だ。

 ブライが17年も前に他界しているこの世界では、それ以前に暗殺されている以外、替え玉は考えられなかったが。



「そちらの世界では、確かカーズとか言ったかな、感染致死率100%の未知のウィルスがパンデミックを引き起こしていると聞いている。

 今は第三波、いや第四波だったか」


「よくご存知で」


「100年前にゲートが開いたときから、君たちの国の歴代の首相とは交流があるからね。

 私は人の中に稀に産まれる魔人と呼ばれる不老長寿の存在なのだよ。

 この100年、タナカ・カクエイ以外の首相とは仲良くさせてもらってるよ。彼とはどうしても反りがあわなかった。

 エウロペの今日(こんにち)があるのは、君たちの国のおかげだ」


「と、言いますと?」


「君たちの世界にはないエーテルという物質のことは、エブリスタ兄弟から聞いていると思う。

 城内のエスカレーターやエレベーターも見てくれたと思うが、我が国では君たち来訪者がもたらしてくれた科学技術を、魔法で再現、あるいは昇華、あるいは応用している。

 そして、我が国が作り出した物を他国だけでなく、君たちの国とも貿易をさせてもらっているのだ。

 値は君たちの国につけてもらっている。

 おそらくは、はした金だろうが、この世界は君たちの世界より物価がはるかに安い。

 おかげで、エウロペは世界一とも言える巨万の富を得ることができたのだよ」


 レンジは驚かされた。

 思わずポケットから、スマホを取り出していた。

 この世界に来てから、すでに数時間が立っているが、スマホの電池残量は100%のままだった。

 だが、なぜだ?

 前の世界だけでなくこの世界でも、スマホがエーテルによって大気中充電が可能なのはどういうことだ?

 大厄災前のテラからはブライがリバーステラに渡っていたが、リバーステラは大厄災後のテラとすでに貿易をしており、このスマホはこの世界で作られたということだろうか?


 同時に別の疑惑も浮かんだ。

 まさかこの男は、国益のためだけに、この世界をリバーステラの負の遺産である放射性物質のゴミ処理場として差し出したのではないか、と。


 レンジは、前の世界の国王と会ったのは、彼の死の間際の一度きりだ。

 彼は、父の良き友人だった。

 立派な人だと思った。

 ブライ・アジ・ダハーカさえいなければ、きっと良い王になっていただろうと。

 レンジだけでなく、ステラもピノアも、あの場にいた誰もがそう思った。


 この国王が、世界は違えど父の友人であったラーガル・フリョ・トルムリン・エウロペと同一人物ならば、ブライがいてもいなくても彼はバカ国王にしかならなかったということだった。

 人の上に立って良い人間ではない。

 国を治める立場にあって良い人間ではない。

 完全に見込み違いだったと言わざるを得なかった。


「君たちの世界では、国によってはワクチンの接種がはじまっているようだが、こちらでもそのウィルスについて研究を進めている。ワクチンではなくウィルスをすべて死滅させる方法をね」


 それも国益のためだろう。

 カーズウィルスを産み出したのは、この国ではないのか?

 レンジにはもうそんな風にしか考えられなくなっていた。


「君たちもスガが推し進める『GO TO 異世界』というキャンペーンで、この世界に来たのだろう?」


 国王の口から信じられない言葉か出た。


 レンジとショウゴは顔を見合わせた。


「こちらの世界も暦こそ違えど、12月31日をもって一年は終わり、1月1日より新たな一年が始まる。

 年の始めを親戚たちが集まり祝う習慣はないがね。

 だが、帰省や旅行は数日休みがあれば、この世界の者たちも皆する。

 だから、スガにとって『GO TO トラベル』を年末年始に一度停止させるというのは苦渋の選択だった。

 経済がまわらなくなれば国は滅びる。だが、経済をまわし続ける限り、民が滅び国も滅びる。

 だから私は彼に提案をした。

『GO TO 異世界』はどうかとね」


 レンジはショウゴに、どういうことだ? と小声で尋ねた。

 ショウゴは彼より一週間ほど後に前の世界に転移してきたからだ。

 知らない、俺が向こうにまだいたときは総理は『GO TO』をやめる気はないと言ってた、とショウゴは答えた。


「国王陛下、二大賢者様よりリバーステラからの転移者の中には、転移直後に記憶の混濁が見られる者がいるとお聞きしたのですが、どうやらぼくたちはふたりとも記憶の混濁があるようなのです。

 なぜ、自分たちがここにいるのかさえわからないほどでございまして……

 スガ首相が『GO TO トラベル』を一度停止し、『GO TO 異世界』を始めたのはいつになりますでしょうか?」


 ショウゴは、レンジが思わず感嘆するほど口がうまかった。

 まるで交渉人(ネゴシエーター)だ。


「そうであったか。

 確か今月の半ば頃に発表していたな。突然の発表に民が驚いたと言っていた。

 異世界の存在を知らない民に対し、『GO TO トラベル』を一週間後に一旦停止する代わりに、『GO TO 異世界』を始めると発表したのだからな」



 今月半ば?

 11月のことか? 12月か?

 11月半ばなら、ショウゴは知っているはずだ。

 だったら12月か?



「あぁ、そうだ。君たちは実に良いタイミングでこちらに来た。

 明日は、国をあげて、アンフィス・バエナ・イポトリルの誕生祭が行われる。

 この世界に2000年に存在したとされる神の子だ。

 君たちの世界でいうイエス・キリストという男にあたる者だと言えばわかるな?

 明日はぜひ楽しんでくれたまえ」



 今日は12月24日だった。


 自分がステラを1ヶ月近くもリバーステラかこの世界のどこかに置き去りにしてしまっているという事実に、レンジは目の前が真っ暗になった。





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