第121話 この世界ですべきこととは

「ステラが……ぼくを追いかけてゲートへ……?」


 城に入る前からずっとうつろな目をしていたレンジの目が見開いた。


「そんなはずない……

 ぼくは彼女と一緒にリバーステラに帰ろうとした。でも彼女はエウロペを再興しなければならないからって……

 何度も話し合った。でもステラの気持ちは変わらなかった……

 ステラは自分の意思でテラにとどまることを選んだんだ。

 それに、ぼくの子どもってどういうことだ?」


「キミたちは、一度だけ結ばれたんだろう?

 そのときにステラ・リヴァイアサンはキミの子どもを宿した。

 彼女はそれに気づいていたから、キミたちがふたつの世界にかけようとしていた架け橋は、すでに自分のお腹の中にいると考えた。

 だから、テラに残ることにした。

 だが、気づいていたのは彼女だけじゃなかった。彼女の半身とも言うべき存在もまた、そのことに気づいていた」


 ピノアだ。

 ピノアがステラの背中を押してくれたのだ。


「キミがこの新世界で置かれている状況に絶望するのはキミの勝手だ。

 好きにしたらいい。

 だけど、ステラ・リヴァイアサンが無事リバーステラにたどり着いていたとして、リバーステラは安全な場所か?」


 安全な場所などではなかった。

 感染致死率100%のカーズウィルスがいるだけじゃない。


 ステラは銀髪で赤い瞳をした、色白の女の子だ。

 どう見ても外国人だ。服だってテラとリバーステラは大きく異なる。

 保険証や免許証、マイナンバーカードなど、身分を証明するものを何も持っていない。

 レンジの家には父が戻っているかもしれないが、ステラは彼の家を知らない。

 警官に一度でも職務質問されたら終わりだ。

 不法滞在の外国人だと判断されてしまう。


 魔法が使えれば切り抜けられるかもしれない。

 テラの大気にはエーテルがないのだ。

 レンジが一時的に作ったゲートによって、リバーステラへと流れ込んだエーテルを使い、ステラやピノアはゴールデン・バタフライ・エフェクトを使ったが、それ自体がなかったことになっている可能性が高い。

 ステラなら、黄金の蝶からエーテルを取り出すことができるだろう。

だが、その蝶がいない。

 彼女が魔法を使うには自分の身体の中のエーテルを使うしかないのだ。


 使い続ければ彼女の身体は消えてなくなってしまう。

 彼女は自分の身を守るためとはいえ、リバーステラの人間相手に魔法を使う女の子ではなかった。

 ましてや、お腹の中にこどもがいるというならなおさらだ。

 こどもを死なせてしまうことになる。


 それにもしリバーステラではなく、自分たちと同じようにこの世界に、けれど別の場所にたどり着いていたとしたら?


 この世界もまた得体が知れない。


 2周目の世界ならば、これから何が起きるのかはわかる。

 だが、この世界は大厄災後の新世界なのだ。

 何が起きるかわからないのだ。



「キミが何をすべきかは、もうわかったようだね」


 レンジの瞳には決意と覚悟の炎が灯っていた。


「ボクは、別にキミたちにこの世界のことをどうにかしてほしいとは思ってはいない。

 キミたちがいなければ滅びる宿命にある世界でしかないのなら、滅びるべきだとすら思ってる。

 だけど、キミたちがステラ・リヴァイアサンを助けるために行動を起こすことが、世界のためにつながる、そんな予感がしてもいる」



「情報が欲しい。謁見の間へと急ごう」




 城内は、ワープポイントさえのぞけば、一見非常に簡単な構造だ。

 だが、国王との謁見の間や、王族のための部屋や寝室は、城の中央にあるエスカレーターやエレベーターでは決してたどりつけない構造になっている。

 謁見の間に向かうためには、一度最上階に向かい、そこにあるワープポイントから別の空間にワープする必要がある。

 ワープポイントが無数に並ぶ、四方八方が無限ループする空間で、正しい手順でワープポイントを踏んでいかなければ……


「城内で、前の世界とは違うのはここくらいかな」


 前の世界では城の最上階に戻されるだけであったが、この世界のこの空間は、


「一度でも手順を間違えれば、永遠にこの空間を彷徨い続けることになる」


 ということだった。


 イルルはふたりを謁見の間へと続くワープポイントまで案内すると、


「ボクはここから繋がる空間のどこかに、ダークマターやカオスを研究している施設があるかどうかを調べておく。

 王との謁見は任せるよ」


 くれぐれもエブリスタ兄妹が元の身体に戻ったことだけは国王には言わないでほしい。そう言って、どこからか分厚い本を取り出すとレンジに渡した。


「知られるとまずいのか?」


「そのうちわかるよ」


 そして、ふたりを謁見の間の前へと送り出した。


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