第120話 彼女の行方

 レンジは、一人目の転移者が自分の父・富嶽サトシではなかったと知ると、うちひしがれ、その場に崩れ落ちてしまった。


 無理もなかった。

 この世界はもはや彼らが知る世界とは完全に別世界なのだ。


 自分たちが守るべき世界なのかすらどうかすら怪しかった。



 しかし、この世界にもダークマターが存在する。


 前の世界で、ステラやピノアは、ジパングに飛空艇が到着するまでの間に、レンジが一時的に開いたゲートによって、リバーステラに「ゴールデン・バタフライ・エフェクト」による黄金の蝶「ダークマターイーター」を放った。

 それにより、すべての放射性物質は浄化され、核兵器は無力化され、原子力発電所もまた活動を停止したはずだった。

 一時的な停電が起き、多少のパニックは起きただろうが、黄金の蝶は人の心を穏やかにする。

 病院等の医療機関には予備電源がある。

 電力会社はすぐに火力や水力による発電に切り替えたはずだ。

 暴徒化する者はいなかったろうし、停電による死傷者がいたとしても必要最低限に止められたはずだった。


 ブライ・アジ・ダハーカが生きられる世界をどこにも残してはいけなかった。

 リバーステラにパンデミックを起こし続けるカーズウィルスを死滅させるには、その手しかなかった。


 レンジたちは、いくら大義のためとはいえ少数の命が犠牲になることを、誰もよしとはしなかった。

 だが、それでもやらなければいけなかった。

 血の滲むような思いで、皆で歯を食いしばり苦渋の選択をした。


 この新世界にダークマターが存在するということは、大厄災が起き、ステラやピノアたちの存在がなかったことになってしまっただけでなく、リバーステラにとってテラはゴミ処理場のままであるということだった。

 あのときの苦渋の決断すら、なかったことになっている可能性があるのだ。


 そして、レンジが魔法剣でゲートを作ることができない以上、帰る方法を見つけなければならなかった。

 帰る方法を見つけるためには、ゴールデン・バタフライ・エフェクト以上の秘術を見つけなければいけないのだ。


 うつろな目をして歩くレンジを見て、ショウゴは何もできない自分の無力さが悔しかった。




 エウロペ城はとても大きかった。そして荘厳だった。

 前の世界ではショウゴは城下町で起きた惨劇の数日後に転移してきたため、城に足を踏み入れてはいなかった。

 城自体の大きさは変わらないが、荘厳さは随分増しているとレンジが教えてくれた。


 ヨーロッパに今もなお現存する中世の時代の城や古代の神殿や宮殿の大きさをレンジだけでなくショウゴも知らなかった。

 だが、レンジは日本に現存している戦国時代の城ならば両親や祖父母にいくつか連れていってもらったことがあるという。

 エウロペ城の敷地面積は、レンジが知るそれらの城よりはるかに広く、そして城自体もはるかに高い建造物だということだった。

 高い建築物というだけではなく、そのまわりにはいくつも、一応は橋のようなもので繋がってはいるものの、空に浮かんぶ別の建物がいくつか存在していた。

 飛空挺もそんな風にして浮かんでいた。


「色は違うが、城の機能も前の世界とほとんどかわらない」


 イルルが教えてくれた。


 城下町でヒト型のカオスらによる惨劇が起きた後、レンジたちが城にあった魔法装置(マキナ)の稼働を停止させ、飛空艇で移動したらしかった。


 城は13階建てで、その中央は大きな吹き抜けになっており、魔法の源であるエーテルを利用したエスカレーターによく似たものがあった。

 そのエスカレーターのようなものは、のぼりとくだりのふたつ存在し、DNAのような二重螺旋の形に作られていた。

 その二重螺旋の真ん中にはエレベーターのようなものまでも存在していた。


 この国は世界で最も魔法の研究が進んでいると聞いてはいた。

 はじめて飛空艇を見たときに、それを思い知らされてもいたが、まさかここまでとは思わなかった。


 飛空艇が空を飛ぶ原理の説明を聞いてはいたが、魔法の基礎も知らないショウゴにはよく理解できてはいなかった。

 だが、ようやく理解できた。

 この世界では、電気の代わりが魔法やその源であるエーテルなのだ。



 それだけでなく、城の各階には、別の階や城のまわりに存在する関連施設へのワープポイントのようなものがあるのだという。

 城のまわりに浮かぶ建物は、その多くが魔法研究所と呼ばれるものであるそうだ。

 魔法をただの魔法としてだけでなく、リバーステラからの来訪者から得た科学文明による産物を、魔法で再現する研究が行われているという。

 その中には、エブリスタ兄妹のような未来の大賢者を養成する機関・魔術学院もあるのだという。


「大賢者を養成する帰還か……」


 レンジは、ショウゴに説明をするイルルの言葉を聞き、虚しそうに呟いた。


「巫女はいないんだな……ステラもピノアも本当に……」


 ショウゴには彼にかける言葉が見つからなかった。


 だが、イルルは彼にかける言葉を、記憶を持っていた。


「ボクには大厄災が起きたときの記憶はない。なぜ起きたのかもわからない。

ピノア・カーバンクルやアンフィス・バエナ・イポトリルがいながら、なぜ防げなかったのかもわからない。

 だけど、ステラ・リヴァイアサンについてだけはどうなったか知っている」


 イルルはレンジに告げた。


「ステラ・リヴァイアサンは、キミたちがゲートをくぐった直後に、キミを追いかけてゲートに入った。

 リバーステラに渡ったのか、それともキミたちのようにこの世界に来ているのかはわからないが、わかっていることがひとつだけある。

 彼女のお腹の中にはキミのこどもがいた」


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